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医療×国学

病・死・穢れ・見えないものを、国学者はどう説明したのか。原典に当たって確かめる。

01本の記事

FIELD & MEDICINE

この分野と医療

宣長は町医者で、篤胤は医学を学んでいた。国学者たちは、病や死、穢れ、見えないものの所為といった、医療の周辺の問いに、原典(古事記)の読みを通して答えようとした。ここでは、その説明が何を言い、何を言っていないのかを、原典の本文と先行研究に当てて確かめる。民俗学の連載で見てきた穢れ・妖怪・疫病神が、国学ではどう位置づけられていたかも、あわせて見る。

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国学

黄昏と水際は、国学の言う「はざま」なのか

妖怪は黄昏や水際に出る。そこは、国学に照らせば、生者の世界と死者の世界のはざまに近い場所ではないか、と考えた。宣長の『古事記伝』では、死者は皆、黄泉に往く。黄泉と顕国は「堺」であり、千引石で塞がれた断絶であって、行き来する「はざま」ではない。篤胤の幽冥は、顕国とは別の一処ではなく、顕国の内に重なって人の目に見えない世界で、神・死者・妖魅(疫病神を含む)が同じ幽冥に属する。国学の側に、黄昏や水際を生死の境と論じた箇所は、確認できなかった。そう読んでいるのは、柳田や民俗学の境界論である。ただし柳田自身は、黄昏を「誰そ彼」、人の識別がつかない時刻として説明している。国学から引けるのは「はざま」ではなく、「見えない者は同じ場所にいる」という命題である。

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