YONAPO
← 記事一覧

03 総合診療という領域/JAPANOTHER

救急医学は、なぜ標榜科になれたのか

救急医も総合診療医も、臓器を問わず未分化な訴えを引き受ける。それなのに救急の学問性が問われることは少ない。だが調べると、救急は1983年に「医師は誰でも急患を診療する立場にある」という理由で標榜科を拒まれ、25年待って2008年に勝ち取っていた。その2週間前に「総合科」は葬られている。両者を分けたものは何だったのか——そして「場を持つこと」は、本当に学問を与えたのか。

公開2026-08-18
更新2026-09-01
出典39 SOURCES

ダイジェスト解説 VIDEO

前の記事で、日本の総合診療の学術基盤を検証した。学会も学術誌もあるが、科研費には審査区分がなく、文科省の方針に「講座」の二文字は現れず、大学の総合診療部門が研究に割く労力は15.6%だった。

その検証の途中で、ずっと引っかかっていたことがある。救急医も、臓器を問わず未分化な訴えを引き受けている。それどころか、時間の制約という点では総合診療より過酷かもしれない。それなのに、救急医学の学問性が問われる場面を、私はあまり見たことがない。

この非対称は何なのか。調べてみると、前提から間違っていた。

「場」による比較は、既に書かれていた

まず断っておかなければならない。救急と総合診療を「場」の軸で並べる枠組みは、私の思いつきではなかった。

福井大学の寺澤秀一が2008年、地域↔病院と入院診療↔外来診療という2軸の図を描き、そこに総合内科医・救命型救急医・家庭医・ER型救急医という4つのゼネラリストを配置している1。救命型救急医は三次救急の初期診療から入院治療に軸足を置く医師、ER型救急医は重症度を問わずすべての救急患者の初期診療に軸足を置く医師、総合内科医は病院ベースで内科全般の継続外来と入院を担う医師、家庭医は地域・外来ベースで継続診療に軸足を置き入院が必要なら転送する医師——4つとも、診療の場によって定義されている。

小泉俊三も2011年、米国のホスピスタリストを引いて「自分達が、診療の『場』によって定義される新しいタイプの『診療科』であることを強調している」と書き、「診療姿勢」と「診療の場」の2軸を提示している2。

つまりこの分析形式は、日本語で既に存在する。本稿はそれを引き継いで、一つ先の問いを立てる——場を持つことは、その領域に何を与えたのか。

1983年、救急が言われたこと

日本救急医学会雑誌に、丸茂裕和による体制史がある。そこに1983年10月、「救急科」を診療科名に加えるよう厚生大臣と日本医師会に提出された要望書の顛末が記録されている。

要望の根拠はこうだった。

24時間各種の疾患で来院し、どの診療科に属するかわからないような救急患者の診療を困難にしている。…いつでもあらゆる救急患者の診療を行い、必要な場合には、その疾患に適した診療科に紹介するという診療科が必要

そして、却下の理由。

関係者は「医師は誰でも急患を診療する立場にあるから、あえて救急診療科標榜の必要性はない」と説明され理解を得なかった3

この一文の出典は、1983年当時の政府文書ではない※訂正。2000年に丸茂裕和が書いた救急医療体制史であり、17年後の当事者側からの回顧である。「1983年に国が示した正式な却下理由がこれだった」とまでは、本稿では確認できていない。

これは、現在の総合診療科に向けられている論理と同じである。誰でもやっていることに、わざわざ名前は要らない——救急は40年前に、同じことを言われている。

標榜科を持たない時代の救急医の心境も、同じ論文に残っている。

大学の救命センターなどで働いている救急専任医師にとっては、どこの診療科にも属していないことになり、これからの若い救急医にとっては将来の不安材料であり検討課題のひとつであろう

さらに遡ると、1976年の調査がある。外科学教授72名のうち57%が「独立した救急医学講座は不要」と回答し、その理由として「独立の学問体系をもつとは考えがたい」「救急医療は臨床における応用医学の一面を有する」が挙げられていた4。

1990年、日本救急医学会雑誌の創刊号。編集委員長・山本修三の巻頭言は、この告発への応答から始まっている。

この学会機関誌発行の主たる目的は、新しい救急医学という学問の体系を明確にし、その専門性を確立してゆくことにあります。救急医学は各科臨床医学の応用編に過ぎないという意見があります。5

学術誌そのものが、「応用編に過ぎない」という評価に答えるために創刊されている。

2008年2月、分かれた二つの道※訂正

そして2008年、救急科は標榜科になる。医療法施行令の改正(平成20年政令第36号)により、病理診断科・臨床検査科とともに追加された6,7。要望書提出から25年である。

この決定を審議した医道審議会診療科名標榜部会の議事録に、決定的な一節がある。厚労省の担当官が、標榜科名を認める判断基準をこう説明している。

診療科の名前として、そこがきちんと独立した学問領域であるかとか、他の診療分野ときちんと区分ができるかといった観点で、過去は検討されている

そして救急科について——「学問領域としての基盤が救急という学問の中にもあるということでこの中に付けています」8。

ただし「要件」と書くのは強すぎる※訂正。担当官の言葉は「そういった観点で過去は検討されている」であり、審査の観点の一つである。実際、2008年の通知が改正理由として前面に出しているのは、患者・住民が病状に合った医療機関を選べるようにすること、分かりやすく客観的な診療科名にすることだった。言えるのは、独立した学問領域としての基盤が、標榜科名を検討する際の重要な審査観点の一つだった、というところまでである。

同じ会議で、委員の一人がこう発言している。

今回救急科というものも新規に入っていますが、この救急科のイメージは何なのかがわかりません。これこそ、全身をみられる総合科ではないのでしょうか。

本稿が立てようとしている問いを、決定の場にいた委員が、その瞬間に口にしていた。

ここで、公開時の本文が「14日間」という対比で書いていた点を訂正する※訂正。総合科は2007年5月から救急科と並行して検討されており、2月13日に正式に却下され、その14日後に救急科が勝った、という経過ではない。厚生労働省自身が後年、総合科について「異論が多く、第5回のヒアリング以降開催されず、報告書等の取りまとめに至らなかった」と説明している。同じ制度改正の最終局面で、救急科は2月27日の政令に入り、総合科は2月13日の第5回部会を最後に結論がまとまらないまま議論が止まった——これが起きたことである。

2008年2月13日、第5回部会。議題は「総合科・総合医について」。参考人の京都府医師会長は、厚労省が提案していた総合科(麻酔科と同様の大臣認可制)についてこう述べた。

麻酔科と同様の国の認可制として総合科を取り上げられたことに、大半の医師は大いなる違和感を覚えている 総合科という名称は、現在の日本中の診療所の医師が、かかりつけ医として長年にわたって行ってきた医療を否定し… 総合科を標榜科とすることには賛成できません9

2008年2月27日、政令公布。救急科が入り、総合科は入らなかった。14日間の差である。

そして部会は、この第5回を最後に17年間開かれなかった(再開は令和7年9月)。

制度が与えたもの

標榜科と並ぶもう一つの制度的資格が、研究費の分類である。

科研費の審査区分表を全文検索すると、救急医学は小区分55060〔救急医学関連〕として独立した区分を持ち、集中治療・救急救命・外傷外科・災害医学という内容が例示されている。一方、総合診療は小区分52010〔内科学一般関連〕の内容の例の中の一語として、心身医学・老年医学・東洋医学・緩和医療と並ぶにすぎない。「家庭医」「家庭医療」「プライマリ」は、表全体で出現ゼロである10。

ただしこれを「標榜科と並ぶもう一つの制度的資格」と呼ぶのは正確でない※訂正。科研費の審査区分は、研究課題をどの審査グループへ回すかという行政的な分類体系であって、学問を国が専門領域として認定する制度ではない。研究資金制度上での可視性を示す一つの指標である。

ただしここには含みがある。救急医学の小区分が置かれた中区分55は「恒常性維持器官の外科学およびその関連分野」——外科学の一分野として枠を得ている。ただし、分類上そこに置かれていることと、その歴史的な経路によって区分を獲得したこととは別である※訂正。「既存の外科系の系譜に接続する形で枠を勝ち取った」は、資料からは言えない推論である。

数字の上での差も大きい。専攻医採用数は、救急科が2018年267人から2026年527人へ(+97%)、総合診療は184人から282人へ(+53%)11。日本医学会への加盟は救急が1980年、日本プライマリ・ケア連合学会が2011年で、31年の開きがある12。

研究基盤の形も対照的である。日本救急医学会は厚労省の事業として日本外傷データバンク(約400施設)、院外心停止レジストリー(約100施設)、熱中症レジストリーを運用し、サーバー維持費を学会が負担している13。そして救命救急センターは、全国312施設(2026年1月現在)が施設名つきで列挙されている14※訂正。(公開時の本文は高度47施設・地域20施設とだけ書いており、全体が67施設のように読めた。この二つはサブ区分である。)加えて指導医指定施設172、救急科専門医指定施設552という施設ネットワークがある。

ただし「列挙できるからレジストリを作れる」という因果は成り立たない※訂正。レジストリが成立するのは、対象症例を定義でき、参加施設を募れ、共通変数を設定でき、収集の基盤を作れるからである。固定された「場」が一つ必要なわけではない。言えるのは、制度化された施設単位が、多施設研究や研修制度を組む際の組織的な基盤になりうる、というところまでである。

登録できるのは、数え上げられる場があるからである。総合診療の現場を同じように列挙することはできない。

しかし——場は、学問を買ってはいなかった

ここまでは、私の当初の見立て通りだった。ところが国際的なデータを見ると、話が反転する。

米国のNIH研究費を2008〜2017年で比較すると、救急医学は250件・8,950万ドル、家庭医療は549件・1億7,320万ドルである15。

だが、これを「家庭医療のほうが学術的に強い」と読んだのは誤りだった※訂正。同じ表に、現役医師数と医師当たりの額が並んでいる。家庭医療の医師数は111,295人で、救急の39,579人の2.8倍である。医師当たりに直すと——

件数総額現役医師数医師当たり申請の採択率
救急医学2508,950万ドル39,579$2,26122.1%
家庭医療5491億7,320万ドル111,295$1,55720.7%

医師当たりでは救急のほうが多く、採択率もほぼ同じである。(もっとも同論文は、救急が助成件数1.7%・総額1.5%で全診療科中最下位、医師当たりでも下から二番目だとしている。両者とも低い、というのが正確なところである。)

さらに厳しい数字がある。2019年、救急医学の常勤医学部教員のうちNIH研究費の研究代表者であったのは1.7%。全診療科平均は8.1%で、救急医学は臨床各科の中で最下位だった16。2008年度には、比較した5診療科の中で教員一人当たりの獲得額が最も低く、T32研修助成を一件も持たない唯一の診療科でもあった17。

つまり「場を持つから学術的に強い」は成立しない。むしろ救急医学は、家庭医療より学術的な指標が悪い。

では、場は何を買ったのか。威信である。オーストラリアの医学生530名が19診療科を順位づけた調査で、救急医学は5.97(上位4分の1)、総合診療は11.29——6段階下だった。しかも同じ学生が、生活のしやすさでは総合診療を19科中2位、救急医学を16位と評価している。威信の差は、勤務の過酷さの裏返しではない18。

ただし、その威信すら普遍ではない。英国を対象とした職業社会学の分析は、「救急医療は高いメディア露出があるにもかかわらず、英国医学界の中では低い地位の専門領域である」とし、救急医学の位置づけがテレビ由来の文化資本に多くを負っていると論じている19。

理論は、場を支持していない

もう一つ、私の見立てを崩したものがある。

専門職の管轄権を論じたAbbottの古典は、管轄権を場所ではなく課題(task)に対する主張として定式化し、それを正統化するのは抽象的な知識体系だとする。「抽象化によって統御された知識体系のみが、自らの問題と課題を再定義し、侵入者からそれらを守り、新たな問題を掌握することができる」。場所は、管轄権主張の3つの聴衆の一つとして現れるにとどまり、構成要素ではない20。

ここから「場所に係留された専門職はむしろ脆弱である」を導くことはできない※訂正。抽象的な知識体系が管轄権を支えるという命題から、その逆は自動的には出てこない。Abbott自身は研究費について論じてもいない。この枠組みが与えてくれるのは、場所を持つだけでは専門職の管轄権を説明できず、抽象化された知識による正当化も要る、という手がかりまでである。

この理論に従えば、具体的な場所に係留された専門職はむしろ脆弱ということになる。そして救急医学の研究費データは、まさにそれを裏づけている。

McWhinneyの4条件も、確認すると私の理解が誤っていた。一般医療が学問領域として成立する条件の第1は「A unique field of action(固有の活動領域)」であって、「場所」ではない21。しかもMcWhinney自身の敷衍はこうである。

一般医の卓越性の領域は一文で定義できる——「正常からの最も早い逸脱を検出すること」22

この古典的な論文は、自らの固有性を認識論的な課題として定義していた※訂正。場所ではなく。(「総合診療の創設文書」と呼ぶのは大きすぎる。family medicine / general practice が学問領域として自己定義しようとした1960年代の重要な論文であって、制度上の創設文書ではない。)同じ4条件は北欧のレビューでも同一の文言で確認できる23。

救急は、場だけでは足りないと考えた※訂正

そして最も重要なことがある。救急医学は、場によって定義されることに抵抗し、知識体系を意図的に構築している。

2003年、救急医学を代表する6つの専門職団体が米国医師国家試験委員会と協働し、この領域の中核的内容を定義する作業を行った。著者らはそれを「同様の課題に直面する他の医学領域も、同種の作業から利益を得られるだろう」として明示的に提示している。この作業は Core Content for Emergency Medicine(1997)から Model of the Clinical Practice of Emergency Medicine(2001)、2005年改訂へと連なる24。

McWhinneyの第2条件を、団体を横断して、記録に残る形で満たしにいったということである。

その背景には、外部からの批判があった。Peter Rosenが1979年に書いた「The biology of emergency medicine」は、「救急医学には正統な専門領域たりうる固有の生物学が存在しないという、他の専門領域や医学界の指導者からの批判に応えて」書かれたものだった25。内部でも1977年に「さまざまな理由により、日常的な研究は現在の専攻医教育の一部となっていない」と指摘されている26。

同じ構図は、家庭医療の側にもあった。米国家庭医療について、「1969年の設立当時、研究は優先度の低い課題であった」とし、その要因の一つとして家庭医たちが当時支配的だった専門医志向の環境から自らを差異化しようとしたこと、そして「家庭医療における明確なアイデンティティの欠如」を挙げる分析がある27。専門医文化への対抗として出発したことが、かえって研究の後回しにつながった——救急とは逆向きの経路で、同じ場所に行き着いている。

1984年の社会学的研究は、この時期の救急医学を「正統性を求める闘い」として記述し、収入・権力・自律性・紹介システム・専門的知識・関与の度合いを決定的な要素として挙げ、救急医学の「非伝統的な組織構造」が同僚関係を緊張させたと報告している。ただしこの論文は、何が最終的に正統性をもたらしたかを論じていない——そして、被引用数はゼロである28。

インドの救急医学を分析した研究には、関係者のこんな言葉が記録されている。

もし宗教に属しているとして、教会もなく、寺院もなく、旗もないなら、あなたは何の宗教なのか。どうやってアイデンティティを作るのか。29

自問の「形」が違う

日本の救急医学にも、自問はある。ただしその形が総合診療とは違う。

島崎修次(当時理事長)は1999年、「救急医療、救急医学は決して研究や教育の場から生まれた学問体系ではなく、診療の場から生まれ、今を生きている医療です」と書いた30。2002年には、定義づけそのものを手放している。

あえてこの様な定義づけは不要なのかもしれない。強いていえば我々が救命救急センターや大学あるいは基幹病院の救急部門等で行っている日常診療そのものがアイデンティティーであり、これ等に関連する学問体系が救急医学であると言える31

2008年のワークショップで、岡元和文はこう述べている。

我々は極めて幅広い領域の中にいることに改めて気付いた。まるで大きな海の中にいるような気持ちとなった。海にいると海の特徴は分からない。特徴が分からなければ大系化は難しい32

ここで使われている「大系」は、内部の論理の組み上がりを指す「体系」とは別の語で、その分野の全体を漏れなく集めて秩序立てたものを指す(『日本古典文学大系』のような叢書名の「大系」である)。ワークショップの題名自体が「救急医学大系の確立をめざして」であり、語の選択は意識的なものだろう。そして岡元の比喩に、この語はよく対応している。海の中にいて分からないのは海の内部構造ではなく、どこまでが海なのかである。領域の輪郭が見えないという困難は、構造化ではなく網羅の問題として語られている。

しかしこれらは、自らが科学であることへの疑いではない。疑われているのは輪郭であり、アイデンティティであって、研究が自分たちの仕事かどうかではない。現在の代表理事の挨拶も、「ランダム化比較試験が実践し難い救急医学という分野において、多くの価値ある知見を発信できるよう、研究支援体制のさらなる充実を図ってまいります」と、方法論と支援体制の問題として語っている33。

前の記事で引いた、菅家智史が記録した問い——「プライマリ・ケアに研究は必要なのですか?」——に対応するものは、救急には見当たらない。

場の数の非対称

制度上の定義を見比べると、非対称は明快である。

総合診療専門医の7つのコア・コンピテンシーの第7項は「多様な診療の場に対応する能力」であり、その内訳は外来・救急・病棟・在宅とされている34。救急は、総合診療が対応すべき場の一つとして数えられている。

そして厚労省の2013年報告書による総合診療専門医の定義には、場が含まれていない。「領域別専門医が『深さ』が特徴であるのに対し、『扱う問題の広さと多様性』が特徴」とされ、場については「地域を診る医師」という表現にとどまる35。

国際的にも同じ構図が観察できる。オーストラリアの救急医学の論考は「救急医学が病院を基盤とするジェネラリスト医師を代表するのに対し、一般医療は地域を基盤とする唯一のジェネラリスト専門職であった」と一文で述べている36。(25カ国262研究を対象にしたジェネラリズムの系統的レビューでは、診療科別の内訳に救急医学が現れない。ただしこの0件に意味を持たせるべきではない※訂正——同レビューは対象研究の47%で参加者情報が不十分だったと報告しており、検索語や研究対象の設定によって欠落した可能性がある37。)

なお、両者の認識論が実際に似ているかどうかは、実証されている。ドイツの一般医282件と米国の救急医171件の診察を比較した質的研究は、救急医がより低い検査前確率でも重篤疾患を考慮し指示的に問診する一方、一般医は患者を意思決定により関与させると報告した上で、「両方の場において医師が用いる戦略は、それぞれの環境によく適応している」と結論している38。優劣ではなく、環境への適応の差である。

調べ始めたときの私の仮説は単純だった。救急には場があり、総合診療にはない。だから救急の学問性は問われず、総合診療は問われる——。

この仮説は、半分だけ当たっていた。

当たっていたのは制度の側である。救急科は2008年に標榜科になり、科研費に小区分を持ち、施設名を列挙できるレジストリを運用している。そして標榜を認める国の基準が「独立した学問領域であるか」だったという事実は、学問と制度が別々の話ではないことを示している。看板を掲げられるかどうかは、学問として認められるかどうかと、行政の判断の中で同じ問いだった。

外れていたのは、その先である。「場は威信を買った」と書いたが、これは撤回する※訂正。オーストラリアの調査が示したのは医学生530人の一時点の認識であって、明確な場があったから威信が高くなった、という因果は検証されていない。しかも本稿自身が、英国では救急が低地位の領域とされる研究を直後に挙げている。

言えるのはこうである。場は、専門領域としての可視性と組織的な境界を与えた。だが、それが研究力や威信にそのまま変換されたわけではなかった。救急医学のNIH研究費は家庭医療より少なく、NIH研究代表者を持つ教員の比率は全診療科で最下位で、T32研修助成を持たない唯一の診療科だった時期もある。オーストラリアの医学生は救急を上位4分の1に置き総合診療を6段階下に置くが、それは学術的な蓄積の評価ではないだろう。英国では救急自体が低地位の領域とされ、その位置はテレビに多くを負っているという分析すらある。

Abbottの理論は、この結果を予測していた。管轄権は課題への主張であり、それを支えるのは抽象的な知識体系であって、場所ではない。場所に係留された専門性は、むしろ脆い。

だとすれば、私が読み違えていたのは因果の向きだったのだと思う。救急は場を持っていたから正統性を得たのではない。場を持っていたから、まず制度の側で認められた。そして認められた後も、知識体系の構築を別途やらなければならなかった。1977年に「研究は専攻医教育の一部になっていない」と言われ、1979年に「固有の生物学がない」と批判され、それに応えて2003年に6団体で中核内容を定義した。その作業を「他の領域も同じことをすれば利益を得られる」と書き添えて公表している。

McWhinneyが1966年に挙げた第1条件が「場所」ではなく「固有の活動領域」だったこと、そしてその中身が「正常からの最も早い逸脱を検出すること」という認識論的な課題だったことは、この文脈で読むと重い。総合診療は、自らの固有性を課題として定義するところから始まっていた。救急は場から始めて、後から課題を定義した。順序が逆だっただけで、どちらも同じ二つを必要としている。

そして総合診療の側の困難は、場が「ない」ことではなく、場が複数あって境界がないことなのだと思う。コンピテンシーは外来・救急・病棟・在宅を挙げ、その中に救急が含まれている。国の定義は場に触れず「扱う問題の広さと多様性」で説明する。1983年に救急が「あらゆる救急患者に、いつでも対応する」という一文で自らを定義できたのに対し、総合診療にはその一文がまだない。

寺澤秀一が2008年に書いた結びを、最後に引きたい。「家庭医とER型救急医の両方を狙った研修をすると中途半端な医師になってしまう」という批判を紹介した後の一節である。

その先生は真顔になって語気を荒げ、「先生! 今の日本に最も欠けているのは、その中途半端な医師なんですよ!」と言われた。自分がどう呼ばれる医師であるか、どの道を究めた医師であるかが気になるうちは、医師本位の医療から脱却できていない医師なのである1

寺澤自身は、この二つを制度上の対立として扱っていない。福井大学で2003年から救急部と総合診療部を合体運営し、平日日中は救急部に余裕があり夜間週末は総合診療部に余裕があるという業務の谷の相補性を使って、7年間で救急部27名・総合診療部16名の入局者を確保している。カナダではERで働く医師の半分が家庭医であり、北米には5年の研修で両方の認定が得られるコースもあると彼は書いていた——2008年の時点で。

米国から帰国した山中克郎が「日本は専門医との間に壁があって、ジェネラリストとして活躍の場を広げるのが難しかった…それで悩んでいたときに、『ひょっとしたら救急室なら総合診療ができるかも』と思いついた」と語っているのも39、同じことの裏返しだろう。場を求めて救急室に行った総合診療医が、実際にいる。

総合診療医を目指す立場から言えば、ここから引き出せる教訓は「場を作れ」ではないと思う。救急のNIHデータが示すように、場は学問を保証しない。むしろ、救急が場を得た後にやったこと——外部からの批判に応えて、団体を横断して、中核となる知識の範囲を文書に落とす作業——の方が、順序としては後になっても、避けて通れない仕事なのだろう。

1983年に「医師は誰でも急患を診療する立場にある」と言われた領域が、2008年に看板を得た。総合診療がいま言われている言葉は、40年前に救急が言われた言葉である。違いは、救急がその25年間に何をしたかにある。


最後に、この記事の答えを書き直しておく※訂正。

題に対する因果的な答えは、本稿では出せなかった。なぜ救急科が通り、総合科が通らなかったのかを識別した一次資料も政策史研究も、見つけられていない。

それでも、この25年間に救急医学が獲得したものは確認できる。

  • task——「予期せず来る未分化・急性の患者の初期対応」という、比較的明確な臨床上の課題
  • site——救急部と救命救急センターという可視的な拠点
  • 組織——学会、専門医制度、指定施設
  • 知識——学術誌、大学講座、そして中核的な内容の明文化

重要なのは、場そのものが学問を生んだのではないことである。臨床上の課題、組織、教育、研究、制度上の名称が、互いを補強しながら領域を形づくっていった。

そして総合診療の難しさは、このどれかが完全に欠けていることではない。診療の場も、対象となる課題も、意図的に広い。だから専門職としての境界を一文で可視化しにくい——そこが難しさの所在なのだと思う。

1983年に「誰でも急患を診る」と言われた救急医学は、25年後に標榜科になった。そのどの一手が決定打だったのかは、分からない。分かるのは、その間に、臨床の場だけでなく、名称・組織・教育・研究・知識領域を一つずつ制度化していったことである。

総合診療に要るのも、「専用の場所」そのものではないのだろう。自分たちが何を担い、何を研究し、何を教える領域なのかを、外から検証できる形で示し続けることなのだと思う。

訂正 CORRECTIONS

公開後に直したこと。本文は直したうえで、何をどう変えたかをここに残している。本文中の※ が、直した箇所を指す。

  1. 訂正「2008年2月の、14日間」という見出しと、2月13日に総合科が却下されその14日後に救急科が採用されたという対比を訂正した。2026-09-01 · 14days「2008年2月の、14日間」という見出しと、2月13日に総合科が却下されその14日後に救急科が採用されたという対比を訂正した。総合科は2007年5月から救急科と並行して検討されており、厚生労働省自身が『異論が多く、第5回のヒアリング以降開催されず、報告書等の取りまとめに至らなかった』と説明している。同じ制度改正の最終局面で救急科は2月27日の政令に入り、総合科は2月13日を最後に結論がまとまらないまま議論が止まった、が正確である
  2. 訂正Abbottの枠組みから「具体的な場所に係留された専門職はむしろ脆弱である」を導いていたのを訂正した。2026-09-01 · abbottAbbottの枠組みから「具体的な場所に係留された専門職はむしろ脆弱である」を導いていたのを訂正した。抽象的な知識体系が管轄権を支えるという命題から逆は自動的には出てこず、Abbott自身は研究費について論じてもいない
  3. 訂正見出し「救急は、場に安住しなかった」を「場だけでは足りないと考えた」に改めた。2026-09-01 · anju見出し「救急は、場に安住しなかった」を「場だけでは足りないと考えた」に改めた。資料が示しているのは救急医学内部で知識体系化への努力があったことであり、場に依存することを自覚的に拒絶したことまでは示されていない
  4. 訂正「場は威信を買ったが、学問を買わなかった」を撤回した。2026-09-01 · ishin「場は威信を買ったが、学問を買わなかった」を撤回した。オーストラリアの調査が示したのは医学生530人の一時点の認識であり、明確な場があったから威信が高くなったという因果は検証されていない。本稿自身が英国では救急が低地位とされる研究を直後に挙げている。場は可視性と組織的な境界を与えたが、それが研究力や威信にそのまま変換されたわけではない、に改めた
  5. 訂正1983年に救急科の標榜要望が受け入れられなかった際の「医師は誰でも急患を診療する立場にある」という説明を、当時の政府の正式な却下理由のように扱っていたのを訂正した。2026-09-01 · kaiko1983年に救急科の標榜要望が受け入れられなかった際の「医師は誰でも急患を診療する立場にある」という説明を、当時の政府の正式な却下理由のように扱っていたのを訂正した。出典は2000年に丸茂裕和が書いた救急医療体制史であり、17年後の当事者側からの回顧である
  6. 訂正科研費の審査区分を「標榜科と並ぶもう一つの制度的資格」のように扱っていたのを訂正した。2026-09-01 · kakenhi科研費の審査区分を「標榜科と並ぶもう一つの制度的資格」のように扱っていたのを訂正した。研究課題をどの審査グループへ回すかという行政的な分類体系であって、学問を国が専門領域として認定する制度ではない
  7. 訂正救急医学の小区分が中区分55に置かれていることから「既存の外科系の系譜に接続する形で枠を勝ち取った」と読んでいたのを訂正した。2026-09-01 · keifu救急医学の小区分が中区分55に置かれていることから「既存の外科系の系譜に接続する形で枠を勝ち取った」と読んでいたのを訂正した。分類上そこに置かれていることと、その歴史的経路によって区分を獲得したこととは別である
  8. 訂正結論を書き直した。2026-09-01 · ketsuron結論を書き直した。「場を持っていたから、まず制度の側で認められた」という因果は本稿の資料からは言えない
  9. 訂正NIH研究費の比較を「件数でも金額でも家庭医療の方が多い」とだけ書き、家庭医療の方が学術的に強いと読んでいたのを訂正した。2026-09-01 · nihNIH研究費の比較を「件数でも金額でも家庭医療の方が多い」とだけ書き、家庭医療の方が学術的に強いと読んでいたのを訂正した。同じ表に現役医師数があり、家庭医療111,295人に対し救急39,579人で2.8倍の差がある。医師当たりでは救急$2,261に対し家庭医療$1,557で救急のほうが多く、申請の採択率も22.1%対20.7%でほぼ同じである。ただし同論文は救急が助成件数1.7%・総額1.5%で全診療科中最下位、医師当たりでも下から二番目としており、両者とも低いというのが正確である
  10. 訂正「登録できるのは、数え上げられる場があるから」という因果を削除した。2026-09-01 · registry「登録できるのは、数え上げられる場があるから」という因果を削除した。レジストリが成立するのは対象症例を定義でき参加施設を募れ共通変数を設定でき収集基盤を作れるからであり、固定された場が一つ必要なわけではない。制度化された施設単位が多施設研究や研修制度の組織的基盤になりうる、というところまでに限定した
  11. 訂正救命救急センターを「高度47施設・地域20施設」とだけ書いており、全体が67施設のように読めた。2026-09-01 · senta-su救命救急センターを「高度47施設・地域20施設」とだけ書いており、全体が67施設のように読めた。日本救急医学会が公表している全国救命救急センター設置状況は312施設(2026年1月22日現在)で、高度と地域はそのサブ区分である
  12. 訂正McWhinneyの1966年論文を「総合診療の創設文書」と呼んでいたのを訂正した。2026-09-01 · sousetsuMcWhinneyの1966年論文を「総合診療の創設文書」と呼んでいたのを訂正した。family medicine / general practice が学問領域として自己定義しようとした1960年代の重要な論文であって、制度上の創設文書ではない
  13. 訂正「学問的正統性が、標榜という法的資格の要件になっている」を訂正した。2026-09-01 · youken「学問的正統性が、標榜という法的資格の要件になっている」を訂正した。担当官の言葉は『そういった観点で過去は検討されている』であり、審査の観点の一つである。2008年の通知が改正理由として前面に出しているのは、患者・住民が病状に合った医療機関を選べるようにすることと、分かりやすく客観的な診療科名にすることだった
  14. 訂正ジェネラリズムの系統的レビューに救急医学が一件も現れないことに意味を持たせすぎていたのを訂正した。2026-09-01 · zerokenジェネラリズムの系統的レビューに救急医学が一件も現れないことに意味を持たせすぎていたのを訂正した。同レビューは対象研究の47%で参加者情報が不十分だったと報告しており、検索語や研究対象の設定によって欠落した可能性がある

出典 SOURCES

  1. 1救急医療と家庭医療(特集:病院と家庭医療)病院 67(10):882-888(寺澤秀一、福井大学医学部附属病院副院長/総合診療部教授) · 2008 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 地域↔病院、入院診療↔外来診療という2軸の図(図1「病院内外のゼネラリスト」)を用いて、総合内科医・救命型救急医・家庭医・ER型救急医という4つのゼネラリストを配置している。救命型救急医を「三次救急の初期診療から入院治療(Critical care)に軸足をおく救急医」、ER型救急医を「一次救急から三次救急まで、すべての救急患者の初期診療(Emergency care)に軸足をおく救急医」、総合内科医を「内科全般にわたる継続的な外来診療と入院加療を行う病院ベースの医師」、家庭医を「継続的な外来診療に軸足を置き、入院治療が必要な場合に専門医に転送する地域、外来ベースの医師」と定義する。ER型救急では受診患者の約10〜20%が緊急入院となり80〜90%は帰宅する。2008年時点で北米は3億人にER型救急医3万人、日本は1億2千数百万人に500人であったと記す。福井大学では2003年から救急部と総合診療部の合体運営を開始し、2008年4月時点で救急部への入局者27名(7年間)、総合診療部16名(4年間)を確保、「平日の日中は救急部に余裕があり、総合診療部を手伝える。夜間や週末は総合診療部に余裕があり救急部を手伝える。忙しい時間帯が逆なので、合体作戦は双方の疲弊を防ぎ、マンパワー確保に有効」と述べる。また総合診療部の医師が「ERでは一期一会で、継続的に患者を診療してゆく総合診療医のスタイルには合わない」と主張し、救命型救急医が「三次救急なら教育できるがERまでは手が回らない」と主張してER研修が各科輪番の当直医に委ねられている現状を指摘する。「筆者が悲観的なのは、このような4つの医師団の養成に関して強い関心を持っている医学生や初期研修医が増えているにもかかわらず、従来の各科専門医のほとんどに、このようなゼネラリスト養成に否定的な言動が目立つためである」とも書く。結びでは「家庭医とER型救急医の両方を狙った研修をすると中途半端な医師になってしまう」という批判に対し、ある病院長が「先生! 今の日本に最も欠けているのは、その中途半端な医師なんですよ!」と語気を荒げた逸話を紹介し、「自分がどう呼ばれる医師であるか、どの道を究めた医師であるかが気になるうちは、医師本位の医療から脱却できていない医師なのである」と述べる。カナダではERで働く医師の半分は家庭医であり、北米では5年間の後期研修でER型救急医と家庭医の両方の認定が得られるコースも始まっているとも記している
  2. 2病院総合医(日本型ホスピタリスト)の現状と近未来像——実践を基盤とした総合内科医として日本内科学会雑誌 100(12):3687-3693(小泉俊三) · 2011 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「米国ホスピタリストのリーダーは、自分達が、診療の『場』によって定義される新しいタイプの『診療科』であることを強調している」と述べ、臨床医のあり方を「診療姿勢」(専門医と総合医)と「診療の場」(地域の医療と大病院での医療)という2つの軸で整理している。また総合医を「総合的な視点で患者に接することに自らの専門性を見出す医師、即ち、総合する専門医(名古屋大学伴信太郎教授)」と表現している
  3. 3わが国救急医療体制発展の歩み日本救急医学会雑誌 11(7):311-322(丸茂裕和) · 2000 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「救急医学としての学問体系の確立」という節を設け、「大学に救急医学講座が開設され、わが国の救急医学としての学問体系が確立した」と過去形で記している。表2「救急医学講座を取り入れた大学(平成11年9月現在 文部省調べ)」は国立42大学中21、公立8大学中1、私立29大学中13の計35/79校を示すが、脚注に「( )書きは、大講座の中の分野を表す」とあり、東京大学「生体管理医学講座(救急医学)」など独立講座でないものを含む。また昭和58年10月に「救急科」診療科名に関する要望書が厚生大臣と日本医師会に提出された経緯を記録し、その根拠として「24時間各種の疾患で来院し、どの診療科に属するかわからないような救急患者の診療を困難にしている」を挙げる一方、却下の理由を「関係者は『医師は誰でも急患を診療する立場にあるから、あえて救急診療科標榜の必要性はない』と説明され理解を得なかった」と記している。標榜科がなかった当時の状況について「大学の救命センターなどで働いている救急専任医師にとっては、どこの診療科にも属していないことになり、これからの若い救急医にとっては将来の不安材料であり検討課題のひとつであろう」とも述べる。1983年の要望書に付された救急科標榜の基準は「来院するあらゆる救急患者に、いつでも対応することを原則とする」であった
  4. 4大学における救急医学教育のあり方/外科の立場から——アンケート調査を中心として医学教育 7(1):61-67(四方淳一) · 1976 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 外科学教授72名への調査で、57%が独立した救急医学講座は不要と回答した。その理由として「救急医療は臨床における応用医学の一面を有するので学生時代にはその実地面での教育は必要とは思わない」「独立の学問体系をもつとは考えがたい」「内容が各科の専門にまたがっているので独立させることは講義内容の質の低下が懸念される」が挙げられている
  5. 5Editorial(日本救急医学会雑誌 創刊号)日本救急医学会雑誌 1(1):3-4(山本修三、日本救急医学会編集委員会編集委員長) · 1990 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 創刊号の巻頭言で「この学会機関誌発行の主たる目的は、新しい救急医学という学問の体系を明確にし、その専門性を確立してゆくことにあります」と述べ、「救急医学は各科臨床医学の応用編に過ぎないという意見があります」という外部からの評価に言及した上で、「新しい救急医学では学問としての方法論もこれまでとは異なった考え方が必要になる可能性があります」と記している
  6. 6広告可能な診療科名の改正について(医政発第0331042号)厚生労働省医政局長通知(平成20年3月31日) · 2008 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 医療法施行令の一部を改正する政令(平成20年政令第36号、公布 平成20年2月27日、施行 平成20年4月1日)により、救急科が広告可能な診療科名に追加されたことを通知している。同じ改正では病理診断科・臨床検査科も追加された
  7. 7医療法施行令第三条の二(広告することができる診療科名)医療法施行令(昭和二十三年政令第三百二十六号) · 2008 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 第一号ニ(1)に「精神科、アレルギー科、リウマチ科、小児科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、リハビリテーション科、放射線科、病理診断科、臨床検査科又は救急科」を列挙している。「総合診療」の語は医療法施行令に一度も現れない
  8. 8医道審議会医道分科会診療科名標榜部会 第1回 議事録(平成19年5月21日)厚生労働省 · 2007 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 保健医療技術調整官が標榜科名の審査基準について「診療科の名前として、そこがきちんと独立した学問領域であるかとか、他の診療分野ときちんと区分ができるかといった観点で、過去は検討されていると思っています」と述べ、救急科について「学問領域としての基盤が救急という学問の中にもあるということでこの中に付けています。…そういう観点もさることながら、臨床の基盤としての一分野として入れるというものです」と説明している。また委員の一人が「今回救急科というものも新規に入っていますが、この救急科のイメージは何なのかがわかりません。これこそ、全身をみられる総合科ではないのでしょうか」と発言している。同じ委員は「各大学や病院が老人科とか高齢者医療、老年医学というものを看板に掛けた時期があります。ところが、現実に何をやっていたかというと、循環器の専門家が循環器をやっていたり…結局各病院が看板を下げた」という先例にも言及している
  9. 9医道審議会医道分科会診療科名標榜部会 第5回 議事録(平成20年2月13日)厚生労働省 · 2008 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 議題「総合科・総合医について」において、参考人として出席した京都府医師会長が、厚生労働省提案の総合科(麻酔科と同様の大臣認可制)について「麻酔科と同様の国の認可制として総合科を取り上げられたことに、大半の医師は大いなる違和感を覚えている」「標榜科としての名称を採用するかどうかという、患者不在の議論がなされているのではないでしょうか」「総合科という名称は、現在の日本中の診療所の医師が、かかりつけ医として長年にわたって行ってきた医療を否定し…」と述べ、「総合科を標榜科とすることには賛成できません」と結論している。本部会はこの第5回を最後に、令和7年9月4日の第6回まで開催されなかった
  10. 10科学研究費助成事業「審査区分表」(令和5年度助成に係る審査より適用)独立行政法人日本学術振興会 · 2022 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 救急医学は小区分55060〔救急医学関連〕として独立した審査区分を与えられ、内容の例として集中治療・救急救命・外傷外科・災害医学・災害医療が挙げられている。ただしその上位の中区分55は「恒常性維持器官の外科学およびその関連分野」であり、外科学の一分野として位置づけられている。一方、総合診療は小区分52010〔内科学一般関連〕の内容の例の中に、心身医学・臨床検査医学・老年医学・心療内科・東洋医学・緩和医療と並ぶ7つの語の一つとして現れるのみである。全文検索の結果、「家庭医」「家庭医療」「プライマリ」はいずれも出現回数ゼロである
  11. 11令和8年度の専攻医採用と令和9年度の専攻医募集について(令和8年度第1回医道審議会医師分科会医師専門研修部会 資料1)日本専門医機構・厚生労働省 · 2026 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「専攻医採用実績数 診療科別一覧表」(令和8年3月2日時点確定値)によれば、救急科の専攻医採用数は2018年267人、2019年286人、2020年279人、2021年325人、2022年370人、2023年408人、2024年472人、2025年449人、2026年527人であり、総合診療は同期間で184・179・222・206・250・285・290・300・282人である。全19領域の合計は8,410人から9,998人へ推移した。またシーリングの対象外とする6診療科として外科・産婦人科・病理・臨床検査・救急・総合診療科が挙げられている
  12. 12日本医学会分科会 No.74 日本救急医学会日本医学会 · 2025 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 日本救急医学会の設立は1973年、日本医学会への加盟は1980年であり、会員数は10,251名(2024年12月31日現在)と記載している。専門医制度については認定医制度1983年、指導医制度1989年、専門医認定制度2003年と記している。なお日本プライマリ・ケア連合学会は日本医学会分科会No.109で、加盟は2011年である
  13. 13救急統合データベース事業一般社団法人日本救急医学会 · 2023 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 厚生労働省「臨床効果データベース整備事業」に採用され、日本外傷データバンク(約400施設、2019年4月〜)、院外心停止レジストリー(約100施設、2023年1月〜)、熱中症レジストリー(約160施設)を運用しており、サーバーの維持費用は日本救急医学会が負担すると記している
  14. 14全国救命救急センター設置状況一般社団法人日本救急医学会 · 2026 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 高度救命救急センター47施設、地域救命救急センター20施設、ドクターヘリ運用施設62施設を、施設名を挙げて列挙している
  15. 15A comparative analysis of National Institutes of Health research support for emergency medicine – 2008 to 2017The American Journal of Emergency Medicine, 37(10):1850-1854(Jang DH, Levy PD, Shofer FS, Sun B, Brown J) · 2019 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 2008〜2017年のNIH研究費について、救急医学は250件・8,950万ドルであったのに対し、家庭医療は549件・1億7,320万ドルであったと報告している。救急医学の比率は、救急・家庭医療・神経内科・整形外科・小児科・精神科の6領域計60億200万ドルに対して件数1.7%・金額1.5%である(NIH予算全体に対する比率ではない点に注意が必要)
  16. 16Pathway for a Diverse and Sustainable Emergency Medicine Clinician–Scientist Workforce: Recommendations From the 2024 <scp>SAEM</scp> Consensus ConferenceAcademic Emergency Medicine, 32(10):1122-1137(Neumar RW, et al.) · 2025 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 2019年時点で、救急医学の常勤医学部教員のうちNIH研究費の研究代表者であったのは1.7%であり、全診療科平均の8.1%を大きく下回っていた。救急医学は臨床各科の中で最下位に位置すると報告している
  17. 17Comparing National Institutes of Health Funding of Emergency Medicine to Four Medical SpecialtiesAcademic Emergency Medicine, 18(9):1001-1004(Bessman SC, et al.) · 2011 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 2008会計年度において、救急医学は比較した5診療科の中で教員一人当たりのNIH研究費獲得額が最も低く、またT32研修助成金を一件も持たない唯一の診療科であった。当時、米国の医学部125校のうち救急医学の講座を持つのは84校であったとも報告している
  18. 18Medical specialty prestige and lifestyle preferences for medical studentsSocial Science & Medicine, 71(6):1084-1088(Creed PA, Searle J, Rogers ME) · 2010 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: オーストラリアの医学生530名に19の診療科の威信を順位づけさせた調査(数値が小さいほど威信が高い)で、外科2.53、内科4.21、集中治療5.13、麻酔科5.85、救急医学5.97、産婦人科6.90、小児科7.33、放射線科10.61、総合診療(General Practice)11.29、精神科11.39という結果を報告している。同じ学生による生活のしやすさの順位では総合診療が19科中2位、救急医学が16位であり、威信の順位が勤務の過酷さの代理指標ではないことを示している
  19. 19The development of the specialism of emergency medicine: Media and cultural influencesHealth (London), 19(1):3-16(Timmons S, Nairn S) · 2015 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 救急医学が専門領域として自らを定義し「独自の管轄権を切り拓こうとした」過程を職業社会学の観点から分析した論文。その前提として「救急医療は高いメディア露出があるにもかかわらず、英国医学界の中では低い地位の専門領域である」と述べ、救急医学の位置づけがテレビ由来の文化資本に多くを負っていると論じている
  20. 20The System of Professions: An Essay on the Division of Expert LaborUniversity of Chicago Press(Abbott A) · 1988 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 専門職の管轄権(jurisdiction)を、場所ではなく課題(task)に対する主張として定式化し、それを正統化するのは抽象的な知識体系であるとする。「抽象化によって統御された知識体系のみが、自らの問題と課題を再定義し、侵入者からそれらを守り、新たな問題を掌握することができる」と論じており、職場や場所は管轄権主張の3つの聴衆の一つとして、また専門職内部の分業を論じる文脈で現れるにとどまる。本稿は目次と序論の記述に依拠しており、本文全体を読んだものではない
  21. 21General practice as an academic discipline. Reflections after a visit to the United StatesThe Lancet, 287(7434):419-423(McWhinney IR) · 1966 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 一般医療が学問領域として成立するための4条件として、(1) A unique field of action(固有の活動領域)、(2) A defined body of knowledge(定義された知識体系)、(3) An active area of research(活発な研究領域)、(4) A training which is intellectually rigorous(知的に厳密な教育)を挙げた論文。第1条件は診療の「場所」ではなく「活動領域」として定式化されている。なお原典は有料であり、本稿は下記2つの独立した二次資料による同一の記述に依拠している
  22. 22Vocational training for general practiceBristol Medico-Chirurgical Journal, 83(308):23-28(Lennard M) · 1968 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: McWhinneyの4条件を発表2年後に直接引用しており、第1条件についてMcWhinney自身の敷衍として「一般医の卓越性の領域は一文で定義できる——正常からの最も早い逸脱を検出すること(The detection of the earliest departures from normal)」を記録している。第2条件の知識体系については、症状・徴候・検査の評価、疾患の有病率と自然史、胎内から成人までの心身の発達、人間行動と精神力動、疾患の呈示に対する社会的影響という5項目を挙げている
  23. 23The transition of general practice into an academic discipline: tracing the origins through the first four professors in general practice/family medicineScandinavian Journal of Primary Health Care, 42(3):483-492(Straand J, de Wit N) · 2024 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: McWhinneyの4条件を上記と同一の文言で記載しており、Lennard 1968とは独立に原典の内容を裏づけている。あわせて一般医療の初期の講座設置として、Richard Scott(エディンバラ、1963年)、Jan van Es(ユトレヒト、1966年)、Ian McWhinney(ウェスタン・オンタリオ、1968年)、Christian Borchgrevink(オスロ、1968年)を記録している
  24. 24Creating the Model of a Clinical Practice: The Case of Emergency MedicineAcademic Emergency Medicine, 10(2):161-168(Hockberger RS, La Duca A, Orr NA, Reinhart MA, Sklar DP) · 2003 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 救急医学を代表する6つの専門職団体が米国医師国家試験委員会(NBME)と協働し、この領域の中核的内容を定義した経緯を記録している。著者らはこの取り組みを「同様の課題に直面する他の医学領域も、同種の作業から利益を得られるだろう」として明示的に提示している。この作業は Core Content for Emergency Medicine (1997) から Model of the Clinical Practice of Emergency Medicine (2001)、その2005年改訂へと連なる
  25. 25The biology of emergency medicine: what have 30 years meant for Rosen's original concepts?Academic Emergency Medicine, 18(3):301-304(Zink BJ) · 2011 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: Peter Rosenが1979年に発表した「The biology of emergency medicine」(JACEP 8(7):280-283)について、それが「救急医学には正統な専門領域たりうる固有の生物学が存在しないという、他の専門領域や医学界の指導者からの批判に応えて」書かれたものであったと記録している
  26. 26The research component in the development of emergency medicine as a specialtyJournal of Medical Education, 52(1):55-58(Anwar RA, Wagner DK) · 1977 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 救急医学が専門領域として発展する上での研究の位置づけを論じ、「さまざまな理由により、日常的な研究は現在の専攻医教育の一部となっていない」と述べている
  27. 27Unfinished Business: The Role of Research in Family MedicineAnnals of Family Medicine, 17(1):70-76(Gotler RS) · 2019 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 米国家庭医療において「1969年の設立当時、研究は優先度の低い課題であった」とし、その要因の一つとして家庭医たちが当時支配的であった専門医志向の環境から自らを差異化しようとしたこと、および「家庭医療における明確なアイデンティティの欠如」を挙げている
  28. 28The struggle for legitimacy: A study of contingencies and constraints in emergency medicineSociological Spectrum, 4(2-3):311-333(Fox E) · 1984 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 新興の専門領域である救急医学が、より伝統的で確立した専門領域から信認を得ようとする過程で直面する問題を、当事者への面接調査から分析した論文。正統性の獲得にとって決定的な要素として、収入、権力、自律性、紹介システム、専門的知識、参加者の関与の度合いを挙げ、救急医学の「非伝統的な組織構造」が同僚関係の緊張の要因であったと報告している。何が最終的に正統性をもたらしたかは論じていない。なお本論文はCrossref・Semantic Scholar・OpenAlexのいずれにおいても被引用数がゼロであり、後続の文献に影響を与えた形跡はない
  29. 29Socialization, legitimation and the transfer of biomedical knowledge to low- and middle-income countries: analyzing the case of emergency medicine in IndiaInternational Journal for Equity in Health, 17(1):142(Sriram V, George A, Baru R, Bennett S) · 2018 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: インドにおける救急医学の正統化過程を、国境を越えた専門職団体と提携関係の役割から分析している。関係者の一人による「もし宗教に属しているとして、教会もなく、寺院もなく、旗もないなら、あなたは何の宗教なのか。どうやってアイデンティティを作るのか」という発言を記録している。また救急部門の設置(アポロ病院1990年代半ば、CMCヴェローレ等1994年〜)が専門領域の公認に先行したことを記述しているが、場の存在が正統化をもたらしたとは論じていない
  30. 30理事長就任にあたって日本救急医学会雑誌 10(1):1-3(島崎修次) · 1999 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「救急医療、救急医学は決して研究や教育の場から生まれた学問体系ではなく、診療の場から生まれ、今を生きている医療です」と述べている。また1998年の理事会で学会の基本姿勢について3時間の議論があり、その論点が「行政へのかかわりに重点を置くか、学術的内容で学会としての存在を問うか」であったこと、議論が「救急医学のアイデンティティー、診療、研究、教育のあり方に至るまで」及んだことを記録している
  31. 315. 救急医療と救急医学日本内科学会雑誌 91(11):3126-3130(島崎修次・村田厚夫・山口芳裕) · 2002 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「救急医学は、従来型のパラダイムに従えば上述した様なアイデンティティーにもとづく学問体系となるが、あえてこの様な定義づけは不要なのかもしれない。強いていえば我々が救命救急センターや大学あるいは基幹病院の救急部門等で行っている日常診療そのものがアイデンティティーであり、これ等に関連する学問体系が救急医学であると言える」と述べ、自らのアイデンティティを診療の場そのものに求めている
  32. 32シリーズ・ワークショップ3「救急医療と表裏をなす救急医学大系の確立をめざして」総括2日本救急医学会雑誌 19(1):74-88(岡元和文、信州大学医学部救急集中治療医学) · 2008 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「基盤としての救急医学が確立していなければ救急医療や救急医学教育を科学的に解析し、より効果的な救急医療・教育システムを構築することは不可能である」と述べた上で、「これらの演者のプレゼンテーションのあとで、我々は極めて幅広い領域の中にいることに改めて気付いた。まるで大きな海の中にいるような気持ちとなった。海にいると海の特徴は分からない。特徴が分からなければ大系化は難しい」と記している。同ワークショップの総括1(鈴木忠)は「救急医療、救急医学のあり方を巨視的に議論する場となる共通の土俵はまだ確立されていないといえる」と述べている
  33. 33代表理事挨拶一般社団法人日本救急医学会(溝端康光、令和7年2月) · 2025 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「本学会は2023年に創立50周年を迎え」と記した上で、「ランダム化比較試験が実践し難い救急医学という分野において、多くの価値ある知見を発信できるよう、研究支援体制のさらなる充実を図ってまいります」と述べている。研究の必要性そのものは前提とされ、問われているのは方法論と支援体制である
  34. 34総合診療専門医岡山医学会雑誌 130(3):167-172(小比賀美香子・片岡仁美・小川弘子・大塚文男) · 2018 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 総合診療専門医に求められる7つのコア・コンピテンシーの第7項が「多様な診療の場に対応する能力」であり、「総合診療専門医は日本の総合診療の現場が外来・救急・病棟・在宅と多様であることを踏まえて、各現場で多様な対応能力を発揮する」ことが求められると記している。また「総合診療の現場では、疾患のごく初期の未分化で多様な訴えに対する適切な臨床推論に基づく診断・治療から、複数の慢性疾患の管理や複雑な健康問題に対する対処、更には健康増進や予防医療まで」が範囲であるとしている
  35. 35専門医の在り方に関する検討会 報告書厚生労働省(平成25年4月22日) · 2013 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「総合診療専門医は、領域別専門医が『深さ』が特徴であるのに対し、『扱う問題の広さと多様性』が特徴であり、専門医の一つとして基本領域に加えるべきである」と述べ、「総合診療医には、日常的に頻度が高く、幅広い領域の疾病と傷害等について…適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的に提供することが求められる」としている。定義は扱う問題の広さによってなされ、診療の場については「地域を診る医師」という表現にとどまる。また救急科専門医は本報告書時点で既存の18基本領域に含まれている一方、総合診療は新設として扱われている
  36. 36Subspecialisation in emergency medicine: A specialty at the crossroadsEmergency Medicine Australasia, 28(4):462-464(Edmonds MJR, Hamilton S, Brichko L) · 2016 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 「救急医学が病院を基盤とするジェネラリスト医師を代表するのに対し、一般医療(general practice)は地域を基盤とする唯一のジェネラリスト専門職であった」と述べ、また「救急医学は病院を基盤とするジェネラリスト専門領域の最後の砦である」「救急医学とは、未分化で、予定されておらず、準備のない患者を診るという技芸である」とも記している。ただしこの対比は一文で述べられるにとどまり、展開されてはいない
  37. 37Generalism as a cross-disciplinary practice in medicine: Mixed-studies systematic reviewCanadian Family Physician, 72(1):42-50(Kelly MA, Cheung S, Ramanathan A, Stevenson A, Singh S, Park S) · 2026 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 25カ国262研究を対象に、診療科を横断する概念としてのジェネラリズムを検討した系統的レビュー。対象研究の診療科別内訳は循環器24、産婦人科19、呼吸器14、小児科14、感染症13、耳鼻咽喉科7、整形外科5、一般外科2などであり、救急医学は内訳に一件も現れない
  38. 38Diagnostic strategies in general practice and the emergency department: a comparative qualitative analysisBMJ Open, 9(5):e026222(Bösner S, Abushi J, Feufel M, Donner-Banzhoff N) · 2019 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: ドイツの一般医の診察282件(ビデオ記録)と米国の三次医療機関2施設における救急医の診察171件(観察)を比較した質的研究。救急医は検査前確率が低い場合でも急性かつ重篤な疾患をより頻繁に考慮し、指示的な問診様式を用いて開かれた質問をあまり使わなかった一方、一般医は患者を意思決定により多く関与させ、安心を与えることが多かった。結論は「両方の場において医師が用いる戦略は、それぞれの環境によく適応しているように見える」である
  39. 39ココロ折られてまたアシタ週刊医学界新聞(山中克郎・林寛之・岩田充永、2011年3月7日) · 2011 · accessed 2026-08-18裏付けた主張: 山中克郎が、米国から帰国後に「日本は専門医との間に壁があって、ジェネラリストとして活躍の場を広げるのが難しかったのですね。それで悩んでいたときに、『ひょっとしたら救急室なら総合診療ができるかも』と思いついたわけです」と述べている

関連記事 RELATED