EXPLORE BY FIELD
医療×民俗学
穢れ・妖怪・昔話などの民間伝承を、医療・衛生の観点から検証する。
FIELD & MEDICINE
この分野と医療
穢れ、妖怪、昔話。民間伝承には、現代の知識から見て衛生や危機管理に適っているように見えるものがある。ここでは、その「見える」を一次史料と研究史に当てて確かめる。何が確かめられ、何が確かめられないままなのか。そして、同じ規範が医療に対して有利にも不利にも働いたのではないかを、史料で追う。
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新しい記事から憑きものの「効用」は、誰が代価を払ったのか
憑きものは、不幸や富の偏りに説明を与え、共同体の秩序を保つ機能を持った、と民俗学は論じてきた。その機能を、結果として人を守る危機管理と読めるだろうか。害の側を数えた。憑きもの筋は、憑依現象とは別の問題で、特定の家筋への婚姻忌避として働いた。松江法務局が人権擁護の観点から扱った事件は、1948〜53年で46件にのぼる(速水の記述、土取経由)。島村俊一が診た「狐憑き」34例には、マラリア・チフス・結核・卵巣のう腫が含まれ、24例は周囲が直ちに狐憑きと決めていた。呉秀三・樫田五郎(1918)が調べた民間療方は、灌瀧で悪化した例を挙げ、医治を受けていた者は48.2%、主治医の診察を受けていた者は22.0%にとどまる。1957年の加持祈祷事件では、18歳の女性が線香護摩で死亡した。社会統制の機能があったとしても、その代価を払ったのは、憑きもの筋とされた家と、憑かれたとされた病者だった。
昔話の教訓は、誰が付けたのか
昔話には教訓が裏に含まれていることが多い。だからそれは、危険や不利益を避けるために語り手が込めたものではないか、と考えた。昔話の民俗学的な定義は、冒頭句と結句という形式であって、教訓ではない。百科事典の記述は、昔話を道徳的教訓話に閉じこめれば生命力をそぐ、とまで書く。私たちが「教訓つき」で知っている話の多くは、近代の再話と教科書を通っている。巌谷小波の『日本昔噺』は、勧善懲悪・立身出世・ナショナリズムを、原典より強めて再話した。グリムの兄弟は、自分たちの収集を「教育書」にするつもりだったと序文に書き、版を重ねるたびに手を入れた。昔話が語り継がれた理由は、教訓の有用性より、記憶しやすさのほうが検証されている。教訓は、語り手が最初から込めたものではなく、編者と教育が付けたものである可能性が高い。
疫病神は、何を求めたのか
前回は穢れを調べた。今回は妖怪と疫病神である。妖怪は人目につかない、古くて汚い場所にいて、結果として危機管理に役立っているのではないか。そう考えて、場所・姿・求めた行動の三点で確かめた。場所は「人目につかない所」ではなく、生活空間のきわだった。疱瘡神の姿は、恐ろしくない老人や子どもが多い。疫病神への対応は、遠ざけることだけでなく、もてなして送り出すこと、姿を描いて見せること、祈ることを含み、図の隅には当時の医学書と重なる養生の知識が載っていた。水辺の河童は危険を知らせた可能性があるが、祀る語りは水死の後が多く、分布と水難統計を突き合わせた研究は確認できなかった。隔離という実際の感染対策は、鬼神の観念の下で、病者の遺棄に近い形で行われた。
穢れは、衛生だったのか
穢れの対象は、現代の知識から見ると病原体のリスクが高い場所と重なって見える。そこから、民間伝承は生き残った危機管理の知恵ではないか、と考えた。穢れを定式化した最古級の規定である延喜式の条文を読むと、挙げられているのは死・産・六畜の死産・肉食・月事・失火で、「血」の字も「水の停滞」も出てこない。しかもこの条が定めているのは、内裏や祭祀への参入の制限である。甲乙丙丁と伝わる規定は感染に似ているが、判定は着座で行われ、日数の根拠を述べる研究は確認できなかった。同じ規範は、病者を路傍に出して餓死させる慣習の側にも働いた。重なりは部分的に本当で、「衛生だった」とは言えない。「生存者バイアス」という語が当たるのは、このうち標本の偏りの部分だけである。