ハンガリー日記

/2026-06-23

保存の知恵が生んだ名物、ドボシュトルタ

ブダペストのカフェでケースを覗くと、必ず目に入るケーキがある。「ドボシュトルタ」。薄いスポンジとチョコレートクリームを何層にも重ね、表面はパリッとしたキャラメルで覆われた、ひと目で分かる存在感のあるケーキだ。実はこのケーキ、冷蔵庫のない時代に「どうすればケーキを長持ちさせられるか」という課題に挑んだ菓子職人の工夫から生まれたものだった。

菓子職人ドボシュ・ヨージェフの挑戦

1884年、ブダペストの菓子職人ドボシュ・ヨージェフは、フランス旅行で出会ったバタークリームをヒントに、当時のハンガリーではまだ目新しかったチョコレートバタークリームを使ったケーキを考案した。それまでのケーキは生クリームやカスタードクリームを使うのが主流で、気温が高い季節はすぐに傷んでしまうのが悩みだった。ドボシュは薄いスポンジとチョコレートクリームを何層にも重ね、仕上げにパリパリのキャラメルでふたをすることで、見た目の華やかさと保存性を両立させたという。

皇帝も口にした一切れ

このケーキは1885年、ブダペストで開かれた博覧会で披露され、フランツ・ヨーゼフ1世と皇后エリザベートも試食したと伝えられている。木箱に詰めて遠方まで運べる保存性の高さも評判となり、ドボシュトルタはヨーロッパ各地に知られるようになった。当時のケーキは輸送や日持ちが難しいものが多かったので、この丈夫さは画期的だったらしい。さらにドボシュは引退にあたって自らのレシピを菓子職人の組合に託したそうで、おかげで今でもハンガリーのあちこちのケーキ屋でこの一切れに出会うことができる。

店ごとに違う「正解」

仕上げのキャラメルは固まりきる直前にくし形に切り分けられ、一切れごとにパリッとした飾りとして添えられる。スポンジの層の数は店によって五層、六層、あるいはそれ以上とまちまちで、決まった「正解」はないらしい。むしろその違いを食べ比べるのも、ブダペストのカフェ巡りの楽しみのひとつだと思う。

もしハンガリーのカフェに立ち寄る機会があれば、コーヒーと一緒にドボシュトルタを頼んでみてほしい。一切れの中に、保存への工夫と、職人が惜しみなく分け与えたレシピの歴史が詰まっている。