te? Ön? ハンガリー語「あなた」の掟
ハンガリーに来て最初に戸惑ったのが、「あなた」の言い方が一つじゃないということだった。日本語にも「あなた」「君」のような使い分けはあるけれど、ハンガリー語の場合はそれが文法にまで食い込んでくる。動詞の形そのものが変わってしまうのだ。
「te」と「Ön」、何が違うの?
ハンガリー語の「あなた」には大きく分けて二種類ある。友達や家族、同年代の学生同士で使うte(テ)と、目上の人や初対面の相手、店員さんや教授に対して使うÖn(ウン)だ。
面白いのは、Önを使うときの動詞の形。teに対しては「あなたは行く」のような二人称の活用を使うのに、Önに対してはなぜか「彼・彼女は行く」と同じ三人称の活用を使う。文法的には「あなた」と言いながら、相手を少し離れた立場として扱っているような感覚で、最初に習ったときは頭がこんがらがった。英語のyouのように一語で済ませられたらどんなに楽かと、何度思ったかわからない。
いつ、どちらを使えばいいの?
大学の同級生とはほぼ迷わずteでいい。でも先生や大家さん、役所の窓口、初めて入るお店の店員さんには、まずÖnで話しかけるのが無難だ。私は最初、全部teで押し通してしまいそうになったけれど、ルームメイトに「それは失礼にあたることもあるよ」と教えてもらってから、相手との関係性を意識するようになった。
ただ、若い世代同士やカジュアルなカフェなどでは、Önを使うとむしろよそよそしく感じられることもあるらしい。年齢や場面によってさじ加減が変わるところが、ハンガリー語の「あなた」の奥深さだと思う。
「te」で呼び合おうか、という提案
ハンガリーには、Önで話していた相手と親しくなったときに、「これからはteで話しましょう」とわざわざ言葉にして提案する習慣があるらしい。“Tegeződjünk?”(teで呼び合いましょうか?)という一言がまさにそれで、関係性が変わる瞬間をきちんと確認し合うのがなんともハンガリーらしいと感じた。ドイツ語圏のduzenに近い発想らしいが、実際にその場面に立ち会うと、小さな儀式のような温かさがあった。
「あなた」の呼び方一つでこんなに文化や距離感が見えてくるとは思わなかった。留学生活の中で、ちょっとした言葉選びの背景にある人間関係の機微に気づけるのは、教科書だけでは得られない発見だと思う。

