人物・小話/2026-06-21
サッカーを変えた男、プシュカーシュの話
ハンガリー人の友人とサッカーの話をしていたとき、「うちの国は昔、世界最強だったんだよ」と誇らしげに言われて驚いたことがあります。今のハンガリーはサッカー強国というイメージはあまりないかもしれませんが、1950年代には本当に世界を驚かせたチームがあったそうです。その中心にいたのが、フェレンツ・プシュカーシュという選手でした。
ウェンブリーで起きた「世紀の試合」
プシュカーシュの名前が世界的に知られるきっかけになったのが、1953年11月25日にロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われたイングランド対ハンガリーの試合だと友人は教えてくれました。当時イングランドは自国の地で他大陸のチームに負けたことがなく、誰もが楽勝を予想していたそうです。ところが結果は6対3でハンガリーが圧勝し、後に「マッチ・オブ・ザ・センチュリー(世紀の試合)」と呼ばれるようになったといいます。シュート数はハンガリーの35本に対し、イングランドはわずか5本だったというから、その差は歴然だったのでしょう。
伝説となった「ドラッグバック」
この試合で特に有名なのが、プシュカーシュがイングランド主将ビリー・ライトを抜いたシーンです。ライトが勢いよくタックルに来た瞬間、プシュカーシュは足の裏でボールをすっと後ろに引き、その場に踏み込んだライトは空気を蹴るだけになってしまったとのこと。ライト自身も後に「十回中九回は自分がボールを取れていたはずなのに」と振り返ったというエピソードを聞いて、思わず笑ってしまいました。この一瞬の技は、今でも語り継がれているそうです。
「少佐」と呼ばれたストライカー
プシュカーシュには「ギャロッピング・メジャー(駆ける少佐)」という愛称もありました。所属クラブが国の陸軍に接収されて軍隊チームになった際、選手たちに階級が与えられ、プシュカーシュは少佐になったことが由来だそうです。その後スペインのレアル・マドリードに移籍してからも得点を量産し、リーグ優勝やヨーロピアンカップ制覇に貢献したと聞きました。
サッカーにそれほど詳しくない私でも、一人の選手の足技が国境を越えて語り継がれていると知ると、スポーツの力を感じます。ハンガリーを訪れたら、街のどこかに残るプシュカーシュの名前や像を探してみるのも面白いかもしれません。

