歴史/2026-06-01
ハンガリー建国の物語
ハンガリーの街を歩いていると、王様の像や古い教会、「聖イシュトヴァーン」という名前にあちこちで出会います。最初は「だれだろう?」と思っていたのですが、調べてみるとこの国のはじまりの物語につながっていました。今日はハンガリーがどうやって生まれたのか、留学生のわたしが面白いと思ったところをやさしくたどってみます。
マジャル人がやってきた
ハンガリー人は自分たちのことを「マジャル(magyar)」と呼びます。もともとは東の方からやってきた騎馬の民で、9世紀の終わりごろに、いまのハンガリーがあるカルパチア盆地に移り住んだと伝えられています。この移住は「ホンフォグララーシュ(honfoglalás=土地を得ること)」と呼ばれ、建国神話のなかでとても大切な出来事です。
このとき部族をまとめたのがアールパードという指導者で、その子孫が長いあいだハンガリーを治める「アールパード朝」になりました。ブダペストの英雄広場には、馬に乗った七人の部族長の像が立っていて、この時代のイメージをいまに伝えています。
聖イシュトヴァーンと王国のはじまり
移り住んだあとのマジャル人は、しばらくヨーロッパ各地へ遠征を繰り返していましたが、やがて定住し、まわりのキリスト教世界と折り合いをつけていきます。その大きな転換点となったのが、イシュトヴァーン1世(在位は西暦1000年ごろから)の時代です。
イシュトヴァーンはローマ教皇から王冠を認められて戴冠し、ハンガリーをキリスト教の王国としてまとめました。教会や行政のしくみを整え、国の土台をつくった人物として、のちに「聖人」となります。8月20日の「聖イシュトヴァーンの日」はいまも国の祝日で、ブダペストでは花火が上がる大きなお祭りになります。
いまの街に残るその面影
こうした建国の物語は、教科書のなかだけの話ではありません。ブダペストの聖イシュトヴァーン大聖堂はこの初代国王の名前を冠していますし、議会議事堂には王冠が大切に保管されていると言われています。地名や人の名前、お祭りの日づけにも、千年以上前のはじまりがそっと息づいているのです。
「マジャル人がやってきて、王国が生まれた」——たった一行にまとめられそうな話でも、知ってから街を歩くと、像や教会の見え方が少し変わります。歴史を入り口にすると、ハンガリーがぐっと身近に感じられるなと、最近よく思います。

