ハンガリー日記

言語/2026-06-24

性別のない代名詞「ő」、ハンガリー語の不思議

ハンガリー語を勉強し始めてしばらくしてから、ふと気づいたことがある。「彼」と「彼女」を表す言葉が、どちらも同じだということだ。英語ならhe/she、フランス語ならil/elle、ドイツ語でもer/sieと男女できっちり分かれているのに、ハンガリー語には性別で代名詞を変える仕組みがそもそも存在しない。

「彼」も「彼女」も「ő」

ハンガリー語で三人称単数を表す言葉は「ő」のひとつだけ。男性の話でも女性の話でも、同じ「ő」を使う。所有を表すときも同様で、「ő könyve(彼/彼女の本)」という形に性別の情報は一切現れない。文章だけを読んでいると、話題になっている人が男性か女性か、名前が出てくるまで分からないということがよくある。実際、誰かの紹介文を訳していて、本人の写真を見るまで性別を確信できなかった、という経験をした留学生は私だけではないはずだ。

職業名にも男女の区別がない

性別の区別がないのは代名詞だけではない。「orvos(医師)」「tanár(教師)」「mérnök(エンジニア)」といった職業名も、男女どちらにも同じ単語を使う。ヨーロッパの言語にはしばしば、男性形と女性形を語尾で区別する仕組みがあるが、ハンガリー語にはそうした区別自体がない。冠詞にも性別の区分はなく、名詞そのものに「男性名詞」「女性名詞」という分類が存在しない。

名前や文脈が頼りになる

性別の情報が言葉そのものに乗らない分、誰について話しているのかは名前や状況から判断するしかない。ハンガリー語から英語に翻訳する仕事をする人は、原文に性別の手がかりがないせいで、わざわざ調べ直す必要が出てくることもあるそうだ。同じウラル語族のフィンランド語にも、似たように性別を区別しない代名詞「hän」があると聞いたことがある。言語によって、こんなに基本的な部分の発想が違うのかと驚かされる。

性別で代名詞や冠詞を変える言語に慣れていると、ハンガリー語のこの仕組みはひどく潔く感じられる。覚える活用がひとつ減るのはありがたい反面、文章を読むときには思わぬ盲点になる。今度ハンガリー語の文章を読むときは、ぜひ「ő」が誰を指しているのか、少し気にしてみてほしい。