前提を疑う02 アクセスと提供体制/JAPAN
日本にゲートキーピングが存在しないのは、なぜか
英国やオランダと異なり、日本の国民皆保険制度は患者がどの医療機関にも紹介状なしでアクセスできるフリーアクセス design を採用している。この設計は1961年の皆保険達成時に意図的に選ばれたものというより、日本医師会の政治力・診療報酬による費用抑制という別の選択・医局制度による専門医偏重の医療文化が積み重なって定着したものだった。そしてこの60年来の settlement は、2025年の財務省提案という形で、今まさに再び争点になっている。
ダイジェスト解説 VIDEO
日本の国民皆保険制度には、多くの先進国の医療制度にはない特徴がある。患者は診療所であれ病院であれ、専門医であれ、紹介状なしにどの医療機関にもアクセスできる——いわゆるフリーアクセスである。英国・オランダ・北欧諸国の多くが、まずかかりつけの一般医(GP)に登録し、専門医療にはその紹介を経てはじめてアクセスできる「ゲートキーピング」制度を採用しているのとは対照的に、日本は、この仕組みを持たない少数派に属している1,2。ただし「フランス・ベルギー・韓国とともに」という並べ方は、現在では正確でない※訂正。フランスは2005年に médecin traitant 制度を導入しており、完全な自由受診国とは扱いにくい。2026年のOECDの整理で専門医アクセスに紹介を要しないとされているのは、オーストリア・日本・韓国である。
そして本稿の問いの立て方そのものを、先に修正しておきたい※訂正。
公開時の本文は「日本医師会の政治力・診療報酬による費用抑制・医局制度が積み重なってフリーアクセスが定着した」という因果で書いていた。だが調べ直すと、1961年に「フリーアクセスを選択した」という出来事は、おそらく無い。
自由開業・自由診療を基調とする医療提供体制は、皆保険より前から存在していた。1961年の改革の主眼は、未加入だった約3,000万人を保険に入れること——給付を全国民へ広げることであって、患者が医療機関へたどり着く経路を新しく設計することではなかった。
日本はゲートキーピングを退けたのではない。既にあった自由開業・自由診療型の提供体制を残したまま、その上に保険を全国民へ広げた。
だから本稿が実際に追うべきなのは、なぜ作られたかではなく、なぜ60年以上、作り替えられなかったかである。以下では、起源とロックインを分けて見る。
このシリーズでは以前、フリーアクセスが医療の非効率を招くという前提を、実際のACSC(外来ケアで予防可能な入院)のエビデンスに照らして検証した。今回はそれとは別の、より根本的な問いを扱う——そもそも日本は、なぜこの設計を採用したのか。1961年の皆保険達成時に、ゲートキーピングという選択肢は検討され、退けられたのか。それとも最初から俎上に載らなかったのか。戦後復興期からCOVID-19で露呈した構造的脆弱性に至るまでの日本の医療提供体制の歴史的展開を概観した研究も、この設計が単発の政策決定ではなく、長期にわたる積み重ねの産物であることを示唆している3。
日本国内でこのゲートキーピング機能そのものを実証的に検証しようとした研究は限られている。沖縄の離島診療所を対象にした前向きコホート研究は、フリーアクセス制度下ではゲートキーピング機能を評価すること自体が難しいと述べた上で、地理的制約下では二次医療への紹介率が低下することを示し、ゲートキーピング制度の導入は日本でも二次医療への紹介を減らしうると結論づけている——ただし単一地域研究としての一般化可能性の限界は、著者ら自身も認めている4。
エビデンス整理
政治経済の中心——日本医師会と武見太郎
この問いに対する文献の答えは、驚くほど収斂している。中心にいたのは、1957年から1982年まで25年間にわたって日本医師会(日医)会長を務めた武見太郎である。武見は戦後初代首相・吉田茂の義理の甥にあたり、この血縁関係が武見と日医に、歴代与党政権への他に類を見ないアクセスをもたらした5。日医の主な支持基盤は診療所を経営する開業医であり、診療報酬点数表はもともと、これら開業医の出来高払い請求額を基準に日医会長自身が設計したものだった6。
山岸敬和も別稿で、日本医師会の政治的発展過程を同様の枠組みで論じている7。武見の政治手法は具体的である。1959年から1961年にかけて、日医は中央社会保険医療協議会(中医協)への委員選出を拒否し、協議会そのものを開催不能に追い込む「ボイコット」戦術をとった。1960年の「武見メモ」では診療報酬点数表の一本化と、中医協委員の日医独占的な指名権を要求し、1971年には「保険医総辞退」という最終手段にまで踏み込んでいる8。
この政治力学の帰結として、日本政府は患者のアクセスを制限する代わりに、診療報酬という支払い規制の手段を通じて医療費を抑制する道を選んだ6。この診療報酬改定という中心的な費用抑制手段は、皆保険達成後間もない1960年代初めまで遡る歴史を持ち、日医は「日本で最も強力な圧力団体」として、財務省・厚生労働省・自民党との交渉構造の中心にあり続けてきた9。1958年以来の全国一律料金表を軸とした支払い規制によって、日本は先進国中最も低い水準に医療費を抑え込んできたが1011,12、これは同時に、患者の受診行動そのものを制限する政策手段を回避し続けてきたことの裏返しでもあった。ただし、ゲートキーピングの不在は無償の勝利ではない——診療科間の需給調整機能を欠いたままでは、医療費の伸びを抑える手段として量的な制御が働きにくいという構造的な弱さも指摘されている13。
ただし、ここで一つ訂正が必要である。武見が中心となった上記の中医協・診療報酬をめぐる攻防と、ゲートキーピング・登録医制度そのものへの日医の反対は、時期も主体も異なる、別の出来事として扱うべきである。武見は1983年に死去しており、厚生省が「家庭医構想」を提案し、日医がこれに正面から反対した1985-87年の攻防は、武見の後継世代による、別の局面での出来事だった。実際、武見自身の1976年の著作『医心伝真』は、開業医が外来診療・往診・予防医療を中心とするプライマリケアに特化すべきだと説き、伝統的な家庭医が失われつつあることをむしろ憂慮する内容だったとの指摘もある14。武見個人の思想は、後継世代が展開した組織的な反対とは、必ずしも一致していなかった可能性がある。
医師会の反対は、患者本位の論理だったのか
それでは、1985-87年の家庭医構想への反対、そして2022年前後に再燃したかかりつけ医登録制度をめぐる反対は、実際にはどのような論理に基づいていたのか。この問いは、単なる歴史的興味にとどまらない。反対の論理が専ら医師会内部の事情——厚労省による統制からの自律性の防衛、あるいは開業医の収入・アイデンティティの防衛——に終始していたのであれば、フリーアクセス制度の是非を検討する際に、その反対論を患者本位の主張として鵜呑みにすることはできないはずである。
実際の記録を辿ると、1985-87年当時の反対の言葉には、率直に自己利益を語るものがあった。当時の開業医たちが挙げた理由は「自分たちのアイデンティティーがなくなる」「自分の仕事がなくなる」というものであり、結局、厚生省の家庭医構想は骨抜きにされ、具体的な制度化を伴わない「10の機能」を列挙するだけの1987年報告書に終わった15。歴史家たちの評価も、この読み方を裏づけている。日医を診療所開業医の利益団体として捉え、フリーアクセスの擁護を専門職の自律性・報酬構造の防衛という文脈に位置づける分析が、この分野の標準的な見立てである5,6。
ただし、これをもって当時の反対理由を自己利益に還元することはできない※訂正。反対には、医師の自律性、GP資格による医師の階層化への懸念、登録制への警戒、人頭払いへの反発、医療費統制への警戒など、複数の論点が混在していた。言えるのは、少なくとも一部の開業医にとって、職業上のアイデンティティと既存業務への脅威が明示的な反対理由として語られていた、ということである。
2022年前後の攻防でも、日医の立場表明はやや異なる形をとってはいるものの、同じ構図を残している。「患者ごとにかかりつけ医は異なり、患者にふさわしい医師が誰かを数値化して測定することはできない。医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるということであれば認められない」という日医の主張16は、患者の選択の自由とアクセス権を主たる価値として反対するものである※訂正。「体裁をとりながら立証していない」と裁くのは、公平ではない。登録制を推す側も、それが日本でどれだけ患者アウトカムを改善するかを実証しているわけではない。正確には、その自由をどこまで制限するとどの程度アウトカムが悪化するかという日本固有の定量的エビデンスが、双方とも乏しい。2023年の国会審議で、日医系の議員が「受診しづらさの問題を医療提供者側の責任に帰すべきではない」と述べた場面も、患者側の便益を積極的に論証するというより、責任の所在をめぐる防御的な発言だった17。
とはいえ、この論点を「医師会の自己利益、以上」で片づけてしまうのも、拙速だろう。北見工業大学の伊藤敦による、フリーアクセスの論理・倫理問題・合意状況を政府・患者・医療者の三者の視点から体系的に検討した研究は、この問題に独立した学術的な枠組みを与えている18。伊藤は、フリーアクセスには二つの自由の次元があると整理する——「消極的自由」としての「インフラとしての医療」(いつでもどこでも必要な医療にアクセスできる状態を保障するという、国家の義務論的な責務)と、「積極的自由」としての「患者の基本的な権利」(より安全で質が高く利便性の高い医療を追求する権利)である。その上で、J.S.ミルの危害原則(他者への害を防ぐ場合を除き、本人の意思に反した権力の行使は正当化されない)を援用し、患者の生命予後に関わる緊急時を除けば、フリーアクセスへの一律な制限は、政府による家父長主義的な介入になりかねないと論じている18。これは、日医の主張とは独立に成立する、患者本位の哲学的な論拠である。
もっとも、伊藤自身も、この論拠を医師会の主張と混同してはいない。同じ論文は「フリーアクセスを堅持することで、医療者側の既得権益を拡大させ、国民への負担増加の原因を招いている側面があることは否定できない」と明記しており、日医自身の政策会議(2014年)が、かかりつけ医の普及を条件とした緩やかなアクセス制限には同意していた事実も紹介している18——日医の立場は、しばしば描かれるような一枚岩の強硬な反対ではなく、部分的な譲歩を含む、より複雑なものだったということである。
フリーアクセスが患者に実際にもたらしている便益——大病院への即日アクセス、待機リストの不在——は、国際比較の中で実証的に裏づけられている12。しかし、この便益は、日医が意図的に設計し勝ち取ったものというより、皆保険・全国一律の診療報酬体系・客観的な質指標の不在が重なって生じた、意図されざる副産物だったとする分析もある19。ただし「法的根拠がない単なる慣行」と言い切るのも、正確ではない※訂正。「紹介状なしに自由に受診できる」と一文で定める条文は無いが、医療法は医療を受ける者が医療機関の選択に必要な情報を得ること、国民が医療機関の機能に応じて選択を適切に行うことを明示している。英国のような登録義務・紹介義務を定める制度が置かれておらず、患者の選択を原則とする複数の制度と慣行の組み合わせとして成立している、というのが正確なところである。
なお、フリーアクセスを擁護する別の論拠として、混合診療の解禁・市場化への警戒——所得によって受けられる医療の質が分断されることへの懸念——を挙げる医師会系の言説もある20。しかしこれは、ゲートキーピング・登録医制度そのものへの反対とは、論理的に別の主張である。全国一律料金表を維持すべきだという主張(混合診療への反対)と、患者がどの医療機関にも紹介状なしにアクセスできるべきだという主張(ゲートキーピングへの反対)は、しばしば「フリーアクセス」という同じ言葉で一括りにされるが、両者を区別せずに論じることは、このシリーズがこれまで繰り返し指摘してきた「軸の取り違え」の一例と言えるかもしれない。
最後に、独立した患者団体がこの論争にどう関わってきたかも確認しておく価値がある。1991年に設立された患者の権利法をつくる会は、医師会から独立した患者・医療従事者・研究者・法律家の連合体であり、「医療機関を選択する権利」を患者の諸権利の一つとして掲げている21。しかし、この権利章典はより一般的な水準の宣言であり、1985-87年の家庭医構想や2022年前後のかかりつけ医登録制度をめぐる具体的な政策論争に際して、この団体が独自の見解を表明した記録は見当たらなかった。患者の選択の自由という主張は、医師会がその都度、患者を代弁する形で用いてきたものであり、当の患者団体が実際にその主張を検証・支持した形跡は乏しいということである。
伊藤の研究が最終的に導く結論は、実はこの論争の軸そのものを組み替えるものである。フリーアクセスを制限すべきか否かという二項対立は、患者の基本的権利(診療録の開示、医療情報へのアクセス、それに基づく合理的な自己決定)がそもそも十分に保障されているのかという、より根本的な問いを素通りしている——伊藤は、政府・医師会双方が、この情報格差の是正にこそ注力すべきだと結論づけている18。
医局制度と専門医偏重の医療文化
もう一つの構造的要因は、医師の養成・配置を長年支配してきた医局制度である。専門医の育成に主眼を置いたこの制度は、100年以上にわたり硬直的なトップダウンの組織文化を伴い続けたため、変化する公衆衛生上の優先課題に応じた適応的な政策改革を導入することを困難にしてきた22。プライマリケアと二次医療の境界が不明確なのは、この医局の伝統に加え、義務的な紹介経路の欠如、そしてプライマリケアが正式な専門領域として認められてこなかったことが重なった結果である23。
その帰結として、日本の医師の多くは病院勤務医・専門医としてキャリアを開始した後、自ら開業して専門分野内でのプライマリケアを担う診療所医師へと移行するという経路をたどってきた。こうした開業医は、英国のように体系的な訓練を受けたプライマリケア医としては養成されていない24。実際、卒後臨床研修のほぼ全てが入院診療中心で行われてきたため、日本の医師の臨床能力は地域に根ざした一線のプライマリケアを提供するには不十分な水準にとどまっているとの指摘もある25。医学生が診療科を選択する際に何を重視するかについての質的研究も、この専門医偏重の文化的土壌を裏づける材料の一つである26。
総合診療は2018年、ようやく19番目の基本領域として正式に認定された。それまで日本のプライマリケアの多くは、専門科の訓練を受けた医師が私的診療所・病院で提供してきた27※訂正。(同論文は農村部を中心に専門医の約3分の1が総合診療医としても機能しているとするが、これを日本全体の確定した割合として読むことはできない。ここで重要なのは割合ではなく、専門科の訓練を受けた医師が開業後に幅広い一次医療を担うという、日本に固有の経路が存在することである。)高齢化が進む日本社会において、総合診療医は他の専門医と並ぶ「システム固有の専門医」として位置づけられるべきだとする論者もいる28。
弱いゲートキーピング——かかりつけ医構想の限界
こうした政治的・文化的土壌の上に、厚生省(現厚生労働省)は義務的な登録制ではなく、あくまで任意の「かかりつけ医」概念を推進してきた。現行制度では、紹介状なしで対象の大病院を受診した患者に定額負担が課され(医科の初診で最低7,000円。公開時の本文は2016年制度開始時の約5,000円を現在形で書いていた※訂正)、プライマリケア診療所には紹介に対する診療報酬上のインセンティブが設けられている一方、患者がかかりつけ医を持たないこと自体には何ら追加負担が課されない。この非対称性ゆえに、日本のゲートキーピング機能は「弱い」と評価されている23。
1980年代、旧厚生省は家庭医の制度化に乗り出したが、日本医師会の反対で頓挫した。日医はこれを「医療費抑制策」とみなし、英国のようなゲートキーパー制度の導入を警戒していたことが直接的に述べられている29。2001年には財務省が同様の提案を行ったが、これもまたフリーアクセス制限への警戒から頓挫した30。2018年に創設された総合診療専門医制度も、この流れの延長線上にある——義務化ではなく、あくまで自発的な専門医取得の選択肢としての制度である。日本におけるボード認定家庭医制度の確立過程を扱った研究も、この専門医制度が任意加入的な性格を持ち続けてきた経緯を裏づけている31。しかしその登録者数は、2022年時点で全専攻医9,448人中わずか250人(2.6%)にとどまり、19の基本領域の中で最低の水準にある30。総合診療科は制度創設から数年を経てもなお正式な標榜科として認められておらず、総合診療医を計画的に育成するための戦略も整備されていないとの批判もある32。プライマリケア医を持つこと自体が健康行動の意図と関連しているとの調査結果もあり33、この普及の遅れが単なる制度上の空白にとどまらない可能性を示唆している。
標榜科になれない総合診療科——可視化されない専門性
総合診療科が「正式な標榜科として認められていない」という事実は、掘り下げるとさらに根深い。医療法施行令第三条の二は、医療機関が広告できる診療科名を列挙しているが、その中に総合診療科は一切含まれていない。2008年施行の制度改正で「内科」「外科」に部位・年齢・技術・疾患などの修飾語を組み合わせる自由診療科名が一部認められるようになったが、「総合」はこの修飾語のカテゴリーにも含まれておらず、「総合内科」のような組み合わせも標榜できない34。日本専門医機構の総合診療専門医検討委員会自身、「総合診療科は、厚生労働省の医療広告ガイドラインで標榜可能な診療科として記載されていません」と、この不在を公式に認めている35。
この空白は、2018年の専門医制度創設よりずっと前から続いている。標榜科名の追加を審議する医道審議会医道分科会診療科名標榜部会では、既に2007年の第4回会合(同年12月)で「総合科の新設」が議題に上っていた——総合診療専門医という資格そのものが存在するようになる11年も前のことである36。しかしこの議論はそのまま立ち消えとなり、部会は2008年の第5回会合を最後に、実に17年間にわたって開催されなかった。ようやく令和7年(2025年)9月4日に第6回会合として再開されたが、直近の会合(2026年3月時点)で優先的に審議されているのは総合診療科ではなく、日本睡眠学会が要望する「睡眠障害」の標榜化である37。
専門医機構自身が挙げる慎重論の理由は、それ自体は正当な患者保護の論理である——「仮に総合診療科の標榜が認められた場合、求められる総合診療医像とは関係なく総合診療科を標榜し、国民や患者に混乱を来す可能性もある」というものだ35。標榜科名は専門医資格の保有を証明するものではなく、極端に言えば無資格でも名乗れてしまうため、総合診療専門医としての訓練を受けていない医師が「総合診療科」を掲げるリスクを懸念しているのである。この論理は、本稿がここまで検証してきた日医の「反対のための反対」とは性質が異なり、少なくとも患者保護という具体的な機序を伴っている点で、より説得力を持つ。
しかし、この慎重論が生んでいる現実は皮肉である。総合診療専門医を取得した医師が開業しても、掲げられる標榜科名は最も近い既存の名称である「内科」にとどまり、患者の側からは、診療科名からはその医師が総合診療の訓練を受けているかどうかを判別できない※訂正。ただし「手段が一切ない」というのは誤りである。日本専門医機構認定の「総合診療専門医」という資格名は広告可能である。判別できないのは、患者が医療機関を探すときの最も基本的な入口である診療科名のほうである。一部の病院では「総合診療科(院内標榜)」という形で院内掲示を行っている例もあるが38、これは医療法が規制する対外的な標榜には当たらず、外部からクリニックを探す患者の目には触れない。もう一つ別の動きとして、特定機能病院(高度医療を担う大病院、全国で約88施設)には、承認要件として院内に総合診療科を設置することが求められる方向で検討が進んでいるが39、これは限られた大病院内部の組織編制の話であり、一般の診療所における対外的な標榜とは別の話である。
この状況を動かそうとする動きも、ようやく現れ始めている。2024年6月、政府の規制改革推進会議は総合診療科の院外標榜について「2024年度中に議論取りまとめ、2025年に結論」という方針を閣議決定した。そして2026年5月31日、日本プライマリ・ケア連合学会の草場鉄周会長は記者会見で、複数の学会・団体の賛同を得た上で、年内にも総合診療科の標榜を求める要望書を厚労省に提出する方針を明らかにした40。ただし、事実関係としてはこうである※訂正。政府は2025年中に総合診療科について結論を得ると閣議決定していた。2026年8月現在、総合診療科は広告可能になっていない。17年ぶりに再開した標榜部会が実際に議論して先に標榜可能になったのは、睡眠障害だった。
国際比較——弱いゲートキーピングという中間形態
そして2026年現在、この論点は三者の緊張になっている※追記。
財務省・財政制度等審議会は、かかりつけ医機能を報告制から認定制へ、出来高から包括払いへ進めるべきだとし、国民のかかりつけ医への登録制と、公的第三者による総合診療医の認定を「あるべき姿」として示している。これは財務省・財政審の提案であって、政府としての方針ではない。
厚生労働省の立場は、2025年11月の国会答弁で明示されている41。
医療機関は患者が選ぶものという国民の意識を踏まえると、登録制はなかなか抵抗が強いのではないか等々の御指摘もいただいておりますので、やはりそれにつきましては慎重な検討が必要ではないかと考えております。 厚生労働省といたしましては、引き続きフリーアクセスは維持しつつも、かかりつけ医機能の確保を図るために総合診療医等の養成についてはしっかりと支援をしてまいりたい
そして日本医師会は、登録制は医療アクセス権・医師選択権を阻害するとして反対している。
財務省は登録・認定・包括払いへ、厚労省はフリーアクセスを維持しながら機能を強化、日医は登録制に反対。——「60年の均衡が崩れ始めた」と断定できる状態ではない。三者が別の方向を向いたまま止まっている、というのが2026年の姿である。
なお2025年4月には、かかりつけ医機能報告制度が施行された※追記。報告項目には総合診療専門医の有無まで含まれる。1980年代に家庭医の制度化が失敗し、90年代以降は曖昧な「かかりつけ医」が語られ、2018年に総合診療専門医ができ、2023年の法改正と2025年の施行でかかりつけ医「機能」が法律上測られるようになった——この連続の先に、財務省が「次は医師と患者そのものを認定・登録せよ」と言っている、という構図である。
日本のこの「弱いゲートキーピング」は、実は世界的に見て孤立した現象ではない。フランスは2005年、「かかりつけ医」制度(médecin traitant)を導入したが、これは対象を登録制の下に置きつつも、経済的インセンティブ(未登録時の自己負担率引き上げ)によって患者の行動を誘導する、緩やかな仕組みだった。ドイツも2004年の医療制度改革で、診療報酬上の経済的インセンティブを通じた任意加入型のゲートキーピング制度を導入している42。いずれも、フリーアクセスの伝統を持つ国が、罰則ではなく経済的インセンティブによって緩やかにゲートキーピングへ近づいた事例である。
日本のかかりつけ医構想との決定的な違いは、この診療報酬上の較差の強さにある。フランス・ドイツでは未登録の受診に対する自己負担率が明確に引き上げられるのに対し、日本の5,000円という定額負担は、フランス・ドイツの較差ほどの財政的な誘導力を持たない。対照的に英国は1948年のNHS創設以来、GPへの登録が義務であり、専門医療へのアクセスには原則としてGPの紹介が必須とされている2。オランダも同様に、患者はGPへの登録が義務づけられ、専門医療へのアクセスにはGPの紹介が必要な制度設計になっている43。英国のNHSにおけるGPの紹介パターンと専門医受診の関係を分析した研究は、ゲートキーピングが実際にどのように機能しているかを具体的に示している44。日本がこの英国型の強制的な仕組みを避けてきたことは、武見太郎自身が「英国のような医療の国営化」を名指しで警戒していたという先述の政治史と、直接につながっている。
今、まさに再燃している論争——2025年の財務省提案
この60年来の settlement は、決して過去の出来事として片づけられるものではない。2025年5月27日、財務省の財政制度等審議会は建議「激動の世界を見据えたあるべき財政運営」の中で、かかりつけ医制度の実現に向けて、かかりつけ医の認定制への移行や外来診療に係る包括払い化を実効性のある形で進めていく必要があるとの意見を記録した45。
同年11月5日の財政制度分科会資料は、この構想をさらに具体化している。「あるべき姿」として示された図では、国民側に「多くの国民が自分の『かかりつけ医』を持つ」ための登録制を、医療側に「十分な数の総合診療医が確保され、偏在も生じないよう、公的な第三者機関が認定する」制度を、それぞれ対応させている。各論では、かかりつけ医療機関を公的に認定する仕組みと、患者をかかりつけ医療機関に登録する仕組みの両方が必要と考えられると明記されている46。これは、本シリーズの前回記事(第11回)で扱った「総合診療科には都道府県別の必要医師数に基づく定員設定が存在しない」という発見と、正確に噛み合う提案である——財務省は今、総合診療医の計画的な確保という、前回記事が「まだ存在しない」と結論づけたまさにその仕組みを、公的な認定制度を通じて作ろうとしている。
日本医師会はこれに対し、これまでと同じ論理で反応している。2022年、当時の日医会長・中川俊男は、かかりつけ医の登録制度化の提案について、患者の受診の自由を狭めるものであるとして反対する立場を公表した47。皆保険が現場医療従事者の自己犠牲的な労働によって支えられている実態を批判する声も上がる中48、日本の医師団体が政府の制度改革案に反対する構図そのものは、2013年の別の改革論争の際とも変わっていない49。日医自身は、質の高い医療提供を医師に支援するための取り組みを進めてきたと説明しているが50、登録制・認定制という中核的な論点については、少なくとも1980年代の家庭医構想以降、繰り返し慎重または反対の立場を取ってきた※訂正(本文で見たとおり武見は1983年に没しており、「60年間一貫して」とは書けない)の姿勢を崩していない。
研究の空白
ここまでの説明は、日本医師会の政治力・診療報酬による代替的な費用抑制・医局制度による専門医偏重という、相互に補強し合う複数の要因が積み重なった結果として、フリーアクセスの定着を説明するものである。しかし、この説明には正直に認めるべき限界がある。1955年から1961年の皆保険達成に至る政策論議の中で、ゲートキーピング・登録制という選択肢が実際に検討され、明示的に退けられたのかを直接示す一次資料による研究を、英語圏でも日本語圏でも見つけることができなかった。現在の文献は、フリーアクセスの起源を、それ以前から存在した慣行の継続、あるいは意図的な選択の帰結として推測しているにとどまり、1955-61年の政策決定過程そのものを document した archival research は乏しい。
日本において家庭医療学が一つの学問分野として確立するには、独自の研究エビデンスの蓄積が不可欠であるとの指摘もある51。この研究基盤の薄さそのものが、1955-61年の政策決定過程を跡づける archival research が乏しいこととも、根を同じくする問題なのかもしれない。
同様に、医局制度とゲートキーピング不在との間の因果関係についても、慎重な扱いが必要である。医局制度が専門医偏重の医療文化と、変化への政策的な硬直性をもたらしたという指摘は、複数の研究に支持されている22。しかし、医局制度がゲートキーピングの不採用そのものを直接引き起こしたと明示的に論じた研究は見当たらなかった。この因果連関は、本稿自身による総合であり、特定の研究者の主張として帰属させるべきものではない。
米国の医療供給過剰・過剰利用抑制策の経験を日本への示唆として検討する研究52や、明治期から安倍政権期に至る日本の医療保険政治を歴史的制度論の観点から体系的に分析した山岸敬和の研究53は、この空白を埋めうる有望な方向性を示している。この研究は書評でも、日医と政府の関係史に関する体系的な英語圏研究として評価されている54。ただし、いずれも1955-61年の具体的な政策決定過程そのものへの archival アクセスを提供するものではない。井伊雅子の研究も、日本の社会保険方式による医療保険制度の発展を、途上国への示唆という観点から振り返っているが、同様の限界を持つ55。日本の医療保険政策の展開過程を歴史的に整理した先行研究も56、医師の配置を規定してきた要因に関する研究も57、同じ構図——構造的帰結の説明は豊富だが、意思決定の瞬間そのものへのアクセスは乏しい——を共有している。
私見・考察
フリーアクセスの効率性を検証した回では「フリーアクセスは非効率だ」という前提を扱い、ゲートキーピングか自由選択かという二項対立そのものが問いの立て方として適切ではなく、継続性・情報共有・病床供給管理など複数の手段のうちの一つに過ぎないと結論づけた。今回は、その前提のさらに手前にある問いに向き合った——医師会の反対の論理は、突き詰めれば内部事情に過ぎなかったのか、それとも独立した患者本位の論拠があったのか。
結論を先に言えば、答えは一つではなかった。1985-87年の家庭医構想への反対を実際に辿ると、当時の開業医たちの言葉は「自分たちのアイデンティティーがなくなる」「自分の仕事がなくなる」という、率直な自己利益の表明だった。2022年前後のかかりつけ医登録制度をめぐる反対も、患者側の具体的な不利益を論証するというより、「医療費抑制のための門戸の狭窄は容認できない」という結論を繰り返すだけで、その結論を支える推論の中身は薄かった。この点では、囲碁の喩えは正確だったと思う——ある局面で有効だった一手筋(専門職としての自律性の防衛)が、いつのまにか対局全体の目的(患者の医療アクセス)を代弁する言葉として使われ続け、両者の区別が曖昧になっていた。
ただし、調べを進める中で、この批判をそのまま医師会の主張全体に適用してよいかというと、それも性急だと分かった。伊藤敦の研究が示すように、フリーアクセスには、医師会の主張とは独立に成立する、哲学的にしっかりした患者本位の論拠が実際に存在する——医療をインフラとして保障する国家の責務(消極的自由)と、より良い医療を追求する患者自身の権利(積極的自由)という二つの次元、そしてミルの危害原則に基づけば、緊急時でない限り一律のアクセス制限は家父長主義的介入になりかねないという論点である。医師会の言葉が薄かったからといって、この論拠自体が無効になるわけではない。むしろ興味深いのは、医師会自身がこの論拠を十分に展開してこなかったという事実そのものである。もし本当に患者本位の論理があるなら、それを厚労省や財務省との交渉の場で具体的に立証すべきだったはずだ。それをせず、「認められない」という結論だけを60年近く繰り返してきたのだとすれば、それは伊藤の言う積極的な論証ではなく、单なる既得権益の防衛だったと疑われても仕方がない。そして伊藤自身がたどり着く結論——真に取り組むべきは、フリーアクセスの制限・維持そのものではなく、患者が自分の医療情報にアクセスし、それに基づいて合理的に判断できる権利の保障だ、という指摘——は、このシリーズが繰り返し確認してきた「軸の取り違え」のもう一つの実例だと思う。ゲートキーピングか自由選択かを争っている間に、もっと基礎的な問い——患者は自分の医療について、本当に十分な情報を渡されているのか——が置き去りにされてきたのかもしれない。
前回の記事(第11回)で、総合診療科には都道府県別の必要医師数に基づく定員設定が存在しないという発見をした際、私はそれを「厚労省自身がまだ答えを出していない空白」として書いた。今回分かったのは、財務省が既にその空白を埋めようとする構想を示していること、そして総合診療科が標榜科としても存在しないという、もう一つの空白があることだった。標榜という形で世に示されて初めて、専門性は患者の目に実体を持つという直感は、正しいと思う。専門医機構自身が挙げる慎重論——標榜を急げば訓練を受けていない医師が名乗ってしまい、患者を混乱させかねない——は、少なくとも患者保護という具体的な機序を伴っている点で、医師会の反対論より説得力がある。しかし、この論点が2007年に一度提起されながら17年間棚上げにされ、ようやく動き出した審議会でも他学会の議題が優先されているという事実を踏まえると、慎重さそのものが、正当な理由というより、単なる制度的な惰性を正当化する言い訳になっていないかは、注視し続ける必要がある。
以下は私見である※訂正。総合診療医としてのキャリアを目指す立場から見ると、この歴史は少し複雑な感情を伴う。総合診療専門医制度の未成熟(登録率2.6%、標榜科としての未承認)は、単なる制度設計の不備ではなく、40年近くにわたる政治的な均衡の帰結であり、一朝一夕には変わらないだろうという現実的な見通しを持たざるを得ない。他方で、2025年の財務省提案、そして2026年の日本プライマリ・ケア連合学会による標榜要望の動きは、この均衡が完全に静止しているわけではなく、今まさに動き始めている論争であることを示してもいる。この論争がどちらの方向に決着するにせよ、その帰趨は、総合診療という分野が日本の医療システムの中でどう位置づけられるかを、次の10年にわたって規定することになるだろう。引き続き注視していきたい。
最後に、この記事の答えを書き直しておく※訂正。
公開時の答えは「日本医師会と診療報酬と医局制度が、ゲートキーピングの不在を作った」だった。だがこれは、起源の説明としては強すぎる。
より正確には、こうである。
日本にゲートキーピングが「導入されなかった」のではない。皆保険ができる前から、自由開業・自由診療型の提供体制が存在していた。1961年の改革は、その入口を作り替えるのではなく、既存の提供体制へ全国民が保険でアクセスできるようにする改革だった。
その後、全国一律の診療報酬によって費用を統制できたこと、日医が医師の自律性と患者の選択を強く擁護したこと、そして体系的な家庭医の養成が育たなかったことが、その構造をロックインした。
問いは「日本はなぜゲートキーピングを採用しなかったのか」ではなく、「なぜ既存の自由受診型の制度を、60年以上、作り替える必要がなかったのか」だった。
訂正 CORRECTIONS
公開後に直したこと。本文は直したうえで、何をどう変えたかをここに残している。本文中の※ が、直した箇所を指す。
- 訂正1985〜87年の家庭医構想への反対理由を自己利益に還元していたのを訂正した2026-09-01 · 1985-riyuu当時の反対には医師の自律性、GP資格による医師の階層化への懸念、登録制への警戒、人頭払いへの反発、医療費統制への警戒など複数の論点が混在していた。少なくとも一部の開業医にとって職業上のアイデンティティと既存業務への脅威が明示的な反対理由として語られていた、に限定した
- 訂正「60年前の武見太郎の時代から一貫して抵抗」という記述を訂正した。本文自身が武見は1983年に没しており1985〜87年の反対は後継世代だと書いており、内部矛盾していた2026-09-01 · 60nen少なくとも1980年代の家庭医構想以降、繰り返し慎重または反対の立場を取ってきた、に限定した
- 訂正紹介状なし受診の定額負担を「約5,000円」と現在形で書いていたのを訂正した2026-09-01 · 7000en約5,000円は2016年の制度開始時の数字である。現行制度では対象の大病院について医科の初診で最低7,000円が求められる
- 訂正日本を「フランス・ベルギー・韓国とともにゲートキーピングを持たない少数派」としていたのを訂正した2026-09-01 · franceフランスは2005年に médecin traitant 制度を導入しており、完全な自由受診国とは扱いにくい。2026年のOECDの整理で専門医アクセスに紹介を要しないとされているのはオーストリア・日本・韓国である
- 訂正「患者の側から総合診療の訓練を受けているかどうかを外形的に判別する手段が一切ない」を訂正した2026-09-01 · hanbetsu日本専門医機構認定の「総合診療専門医」という資格名は広告可能である。判別できないのは、患者が医療機関を探すときの入口である診療科名のほうである
- 訂正フリーアクセスに「明文の法的根拠がなく制度というより慣行に近い」と書いていたのを弱めた2026-09-01 · houteki一文で定める条文は無いが、医療法は医療を受ける者が医療機関の選択に必要な情報を得ること、国民が医療機関の機能に応じて選択を適切に行うことを明示している。英国のような登録義務・紹介義務が置かれておらず、患者の選択を原則とする複数の制度と慣行の組み合わせとして成立している、が正確である
- 訂正日本医師会の主張を「患者の選択の自由を守るという体裁をとりながら患者被害を立証していない」と評していたのを訂正した2026-09-01 · jma-ronkyo日医は選択の自由とアクセス権を主たる価値として反対している。登録制を推す側も日本で患者アウトカムの改善を実証しているわけではない。自由をどこまで制限するとどの程度アウトカムが悪化するかという日本固有の定量的エビデンスが双方とも乏しい、という書き方に改めた
- 追記2025年4月にかかりつけ医機能報告制度が施行済みであることを追記した2026-09-01 · kakaritsuke-2025報告項目には総合診療専門医の有無まで含まれる。1980年代の家庭医制度化の失敗、90年代以降の曖昧な『かかりつけ医』、2018年の総合診療専門医、2023年改正と2025年施行によるかかりつけ医機能の法律上の測定、という連続の中に位置づけた
- 訂正総合診療科の標榜について「具体的な決着に向かいつつあるのかもしれない」と書いていたのを、事実関係を明示する形に改めた2026-09-01 · kakugi-mitatsu政府は2025年中に結論を得ると閣議決定していたが、2026年8月現在も総合診療科は広告可能になっていない。17年ぶりに再開した標榜部会が先に議論して標榜可能になったのは睡眠障害だった
- 訂正結論を書き直した。日医・診療報酬・医局制度をフリーアクセスの原因とする説明から、既存の自由受診型提供体制がロックインされた過程の説明へ2026-09-01 · ketsuron全国一律の診療報酬によって費用を統制できたこと、日医が医師の自律性と患者の選択を擁護したこと、体系的な家庭医の養成が育たなかったことがロックインの要因である、という整理に改めた
- 訂正「日本医師会の政治力・診療報酬・医局制度が積み重なってフリーアクセスが定着した」という因果を、起源とロックインに分けて書き直した2026-09-01 · kigen-lockin自由開業・自由診療を基調とする医療提供体制は皆保険より前から存在しており、1961年の改革の主眼は未加入だった約3,000万人を保険に入れることだった。日本はゲートキーピングを退けたのではなく、既にあった提供体制を残したまま保険を全国民へ広げた。問いを『なぜ作られたか』から『なぜ60年以上作り替えられなかったか』に組み替えた
- 訂正「専門医の約3分の1(主に農村部)が総合診療医としても機能してきた」を日本全体の割合のように書いていたのを訂正した2026-09-01 · sanbun-no-ichi引用元は農村部を中心とした議論であり、日本全体の確定した割合として読むことはできない。重要なのは割合ではなく、専門科の訓練を受けた医師が開業後に幅広い一次医療を担うという日本に固有の経路が存在することである
- 追記2026年時点の政策状況が財務省・厚生労働省・日本医師会の三者の緊張であることを追記した2026-09-01 · sansha財務省・財政審は登録制・認定制・包括払いを提案しているが、これは政府方針ではない。厚生労働省は2025年11月の国会答弁で「登録制はなかなか抵抗が強い」「引き続きフリーアクセスは維持しつつも」と明言している。日医は登録制に反対している。『60年の均衡が崩れ始めた』と断定できる状態ではなく、三者が別の方向を向いたまま止まっている
- 訂正キャリアについての段落が本論と地続きに読めたため、私見であることを明示した2026-09-01 · shikenこの歴史が自分のキャリアにとって何を意味するかという記述は、本文が積み上げた資料から導かれる結論ではない
出典 SOURCES
- 1Integration vs separation in the provision of health care: 24 OECD countries comparedHealth Economics, Policy and Law, 15(2):160-172 · 2020 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: OECD24カ国のプライマリケア提供体制を5つの次元で分類し、日本をオーストリア・ベルギー・フランス・ドイツ・韓国・スイス・トルコとともに、プライマリケアと二次医療の分離度が高い(ゲートキーピングを含む統合的な仕組みを持たない)グループに位置づけている
- 2Gatekeeping and provider choice in OECD healthcare systemsCurrent Sociology, 60(4):489-505 · 2012 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: OECD諸国の医療制度をゲートキーピングの有無・患者の医療機関選択の自由度によって類型化し、英国・オランダ・北欧諸国の多くが登録制・紹介制を採用する一方、日本・フランス・ベルギー・韓国はその少数派に属することを示している
- 3Japan's healthcare delivery system: From its historical evolution to the challenges of a super-aged societyGlobal Health & Medicine, 6(1):6-12 · 2024 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 戦後復興期からCOVID-19で露呈した構造的脆弱性に至るまでの日本の医療提供体制の歴史的展開を概観している
- 4Gatekeeping function of primary care physicians under Japan's free-access system: a prospective open cohort study involving 14 isolated islandsFamily Practice, 36(4):452-459 · 2019 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 沖縄県の離島14島(住民12,238人)の診療所を1年間に受診した全患者を対象とした前向き開放コホート研究。冒頭で「Under Japan's free-access system, patients can access any medical institution without referral, which makes it difficult to evaluate the gatekeeping function of primary care physicians」と、日本では評価そのものが難しいことを述べる。全国調査との比較で「Comparison with the nationwide survey revealed a lower incidence of visits to hospital-based outpatient clinics in this study, while more patients had visited PCPs」とし、結論は「The lower incidence of visits to secondary care facilities in this study might suggest that introduction of a gatekeeping system to Japan would reduce the incidence of referral to advanced care」。might suggest / would reduce という条件法であり、単群の観察を全国調査と比較した設計で対照群は置かれていない
- 5The iron triangle of Japan's health careBMJ, 330(7482):55-56 · 2005 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本医師会会長を25年間(1957-1982年)務めた武見太郎について、その義理の甥にあたる戦後初代首相・吉田茂とのつながりが、武見と日本医師会に歴代与党政権への他に類を見ないアクセスをもたらしたと述べている
- 6Dealing with the medical axis-of-power: the case of JapanHealth Economics, Policy and Law, 3(2):107-113 · 2008 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本政府が医療政策における「医療の権力軸」である日本医師会と対峙する際、患者のアクセスを制限する代わりに診療報酬という支払い規制の手段を選んできたと論じている
- 7日本医師会の政治的発展(The Japan Medical Association and its Political Development)南山大学社会科学系論集 第9号 pp.129-139(山岸敬和) · 2015 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本医師会の政治的発展過程を論じている
- 8医療政策決定過程における二極化構造の影響――日本医師会と厚生省の分析を通じて――一橋大学社会学部 学士論文(深江亮) · 2015 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 武見太郎(日本医師会会長、1957-1982年)が戦後初代首相・吉田茂の義理の甥にあたる人物であったこと、そして武見が1959-61年に中央社会保険医療協議会(中医協)の委員選出を拒否して同協議会の開催自体を不能にした「ボイコット」戦術や、1960年の「武見メモ」による診療報酬一本化と日医の委員指名権要求、1971年の保険医総辞退など、診療報酬を巡る日医の政治的圧力の具体的な手法を、結城康博らの先行研究を引用しつつ整理している。また、武見が二重指定医制度に反対した理由を「英国のような医療の国営化を理想とする厚生技官による支配」への警戒だったと位置づけている
- 9第6章 日本の診療報酬の政治経済学日本国際交流センター(池上直己編、John C. Campbell・髙木安雄) · 2013 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 診療報酬改定という日本の医療費抑制の中心的手段が、皆保険達成後間もない1960年代初めまで遡る歴史を持つこと、そして日本医師会が「日本で最も強力な圧力団体」として財務省・厚生労働省・自民党との交渉構造の中心にあり続けてきたことを、関係者への聞き取り調査に基づいて論じている
- 10Japan: achieving UHC by regulating paymentGlobalization and Health, 15 · 2019 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本は1958年以来の単一の全国一律料金表を皆保険達成の軸としてきたと論じている
- 11Japan's health care system: containing costs and attempting reformHealth Affairs, 23(3):26-36 · 2004 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本は診療報酬点数表の全国一律改定という手段によって医療費を先進国中最も低い水準に抑え込んできたと論じている
- 12Japanese Health Care: Low Cost Through Regulated FeesHealth Affairs, 10(3) · 1991 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本のフリーアクセス制度が、大病院への即日アクセスや待機リストの不在といった、国際比較の中で実証的に裏づけられる患者便益をもたらしていることを論じている
- 13Health Care Reform In Japan: The Virtues of Muddling ThroughHealth Affairs, 18(3):56-75 · 1999 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: ゲートキーピングの不在が、診療科間の需給調整機能を欠く構造的な弱さとして、医療費抑制における量的な制御を働きにくくしていると論じている
- 14武見太郎のプライマリ・ケアへの思いWeb医事新報(草場鉄周、2023年、2026年更新) · 2023 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 武見太郎自身の1976年の著作『医心伝真』では、開業医が外来診療・往診・予防医療を中心とするプライマリケアに特化すべきだと説き、伝統的な家庭医が失われつつあることを憂慮していたと紹介している
- 15旧厚生省「家庭医構想」、頓挫という逆風◆Vol.15m3.com(橋本佳子、2019年2月15日) · 2019 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 1985年に厚生省が提案した家庭医構想に対し、当時の開業医らが「自分たちのアイデンティティーがなくなる」「自分の仕事がなくなる」という理由で反対し、結局1987年の報告書は具体的な制度化を伴わない「10の機能」を列挙するだけに終わったと報じている
- 16「日本医師会vs政府」かかりつけ医の制度化をめぐる対立関係を読むExcite News/みんなの介護ニュース、2022年7月20日 · 2022 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本医師会が「患者ごとにかかりつけ医は異なり、患者にふさわしい医師が誰かを数値化して測定することはできない。医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるということであれば認められない」と主張したことを報じている
- 17「かかりつけ医」か「フリーアクセス」か…35年ぶりの改革の着地点東京新聞、2023年7月23日 · 2023 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 2023年7月の参議院予算委員会で、日医系の議員が受診しづらさの問題を医療提供者側の責任に帰すべきではないと述べたことを報じている
- 18医療保険におけるフリーアクセスをめぐる論理、倫理問題、合意状況実践政策学, 4(1):125-137(伊藤敦、北見工業大学) · 2018 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: フリーアクセスを「消極的自由」としての「インフラとしての医療」と「積極的自由」としての「患者の基本的な権利」という二つの自由の次元から整理し、J.S.ミルの危害原則を援用して、緊急時を除く一律のアクセス制限は政府による家父長主義的介入になりかねないと論じる一方、フリーアクセスの堅持が医療者側の既得権益拡大や国民負担増加にもつながっている側面があることも認めている。日医医療政策会議(2014年)がかかりつけ医普及を条件とした緩やかなアクセス制限に同意していたことも紹介している。結論として、真に取り組むべきは患者の基本的権利(診療録開示・医療情報アクセス・それに基づく合理的な自己決定)の保障であり、フリーアクセスの制限・維持そのものに固執すべきではないと論じている
- 19フリーアクセスは計画された制度なのか?日本医事新報、2021年7月19日(草場鉄周) · 2021 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: フリーアクセスには医療法にも国民健康保険法にも明文の法的根拠がなく、皆保険・全国一律の診療報酬体系・客観的な質指標の不在が重なって生じた意図されざる副産物であり、意図的に設計された制度ではないと論じている
- 20プライベート医療の「特権」よりもフリーアクセスの市民権を日本臨床整形外科学会(本田忠、2003年頃) · 2003 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 混合診療の解禁・医療の市場化への警戒から、全国一律料金表を維持しフリーアクセスを守るべきだと論じているが、その論拠はゲートキーピング・登録医制度そのものへの反対とは異なり、専ら混合診療・市場化への反対に向けられている
- 21患者の諸権利を定める法律案要綱患者の権利法をつくる会(1991年発表、2004年改定) · 2004 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 医師会から独立した患者・医療従事者・研究者・法律家の連合体である患者の権利法をつくる会が、「医療機関を選択する権利」を患者の諸権利の一つとして掲げているが、より一般的な水準の宣言であり、家庭医構想やかかりつけ医登録制度をめぐる具体的な政策論争に際して独自の見解を表明した記録は見当たらない
- 22Lessons learned from the history of postgraduate medical training in Japan: from disease-centred care to patient-centred care in an aging societyHuman Resources for Health, 20 · 2022 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 専門医の育成に主眼を置いた医局制度が100年以上にわたり硬直的なトップダウンの組織文化を伴い続けたため、変化する公衆衛生上の優先課題に適応的な政策改革を導入することが困難だったと論じている
- 23Building primary care in Japan: Literature reviewJournal of General and Family Medicine, 20(5):170-179 · 2019 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 紹介状なしで病院を受診した患者には約5,000円の定額負担が課され、プライマリケア診療所には紹介に対する診療報酬上のインセンティブが設けられている一方、患者がプライマリケア医を持たないこと自体には追加負担が課されないため、日本のゲートキーピング機能は「弱い」と評価している。また、プライマリケアと二次医療の境界が不明確なため、プライマリケアの人材を評価すること自体が困難であるとも指摘している
- 24The distribution and transitions of physicians in Japan: a 1974-2004 retrospective cohort studyHuman Resources for Health, 7:73 · 2009 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本の医師の多くは病院勤務医・専門医としてキャリアを開始した後、自ら開業して専門分野内でのプライマリケアを担う診療所医師へと移行しており、こうした開業医は英国のように体系的な訓練を受けたプライマリケア医としては養成されていないと指摘している
- 25Considering primary care in JapanAcademic Medicine, 73(6):662-668 · 1998 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 卒後臨床研修のほぼ全てが入院診療中心で行われてきたため、日本の医師の臨床能力は地域に根ざした一線のプライマリケアを提供するには不十分な水準にとどまっていると指摘している
- 26Factors considered by medical students when formulating their specialty preferences in Japan: findings from a qualitative studyBMC Medical Education, 7:31 · 2007 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本の医学生が診療科選択の際に考慮する要因を質的研究で明らかにしている
- 27Rural generalist medicine: a developing approach to health care in rural and island JapanRural and Remote Health, 24(2):8641 · 2024 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本のプライマリケアの多くは専門医が私的診療所・病院で提供しており、専門医の約3分の1(主に農村部)が総合診療医としても機能している。総合診療医は2018年に政府によって19番目の基本領域として正式に認定された
- 28Family Physicians as System-Specific Specialists in Japan's Aging SocietyCureus, 14 · 2022 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 高齢化が進む日本社会において、総合診療医は他の専門医と並ぶ「システム固有の専門医」として位置づけられるべきだと論じている
- 29かかりつけ医とは 欧州では専門医へのゲートキーパー日本経済新聞 · 2019 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 旧厚生省が1980年代に家庭医の制度化に乗り出したが、日本医師会の反対で頓挫したこと、そして日医が英国のようなゲートキーパー制度の導入を「医療費抑制策」として警戒していたことを述べている
- 30『かかりつけ医』をめぐる議論調査と情報―Issue Brief― No.1209、国立国会図書館調査及び立法考査局(亀澤明彦) · 2022 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 1980年代の家庭医構想・2001年の財務省提案がいずれもフリーアクセス制限への警戒から頓挫した経緯、2018年創設の総合診療専門医制度の登録者数が2022年時点で全専攻医9,448人中250人(2.6%)と19基本領域中最低であったこと、そして英国・フランスとの制度比較を、島崎謙治の研究等を引用しつつ整理している
- 31Current trends in Japanese health care: establishing a system for board-certificated GPsThe British Journal of General Practice, 67(654):29 · 2017 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本における家庭医療専門医制度確立の経緯を整理している
- 32『かかりつけ医を考える』(7) 葛西龍樹・福島県立医科大学主任教授 会見記録日本記者クラブ · 2023 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 1980年代の家庭医構想が日本医師会の抵抗で頓挫した経緯を述べた上で、2018年の総合診療専門医制度創設後も総合診療科が標榜科として認められておらず、総合診療医育成のための戦略的な計画も整備されていないと指摘している
- 33Association between having a primary care physician and health behavioral intention in Japan: results from a nationwide surveyBMC Primary Care, 24 · 2023 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: プライマリケア医を持つことと健康行動意図との関連を全国調査で検証している
- 34医療法施行令第三条の二(広告することができる診療科名)医療法施行令、日本医師会公開資料 · 2008 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 広告可能な診療科名を列挙しており、総合診療科は標榜可能な名称として含まれていない。2008年施行の制度改正で内科・外科に部位・年齢・技術・疾患などの修飾語を組み合わせる自由診療科名が一部認められるようになったが、「総合」はこの修飾語のカテゴリーに含まれておらず、総合内科のような組み合わせも標榜できない
- 35総合診療専門医制度に関するFAQ「総合診療科は標榜可能な診療科になるのでしょうか」日本専門医機構 総合診療専門医検討委員会 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 「総合診療科は、厚生労働省の医療広告ガイドラインで標榜可能な診療科として記載されていません」と現状を公式に認めた上で、標榜が認められた場合、求められる総合診療医像とは関係なく総合診療科を標榜する医師が現れ、国民や患者に混乱を来す可能性があるとの慎重論を紹介している
- 36総合科の新設について議論再開(医道審議会医道分科会診療科名標榜部会 第4回会合の報道)厚生政策情報センター Daily、2007年12月 · 2007 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 2007年12月の医道審議会医道分科会診療科名標榜部会第4回会合で「総合科の新設」が議題として取り上げられたことを報じている
- 37第6回医道審議会医道分科会診療科名標榜部会 資料1厚生労働省医政局総務課、令和7年9月4日 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 診療科名標榜部会が2008年の第5回会合を最後に17年間開催されず、令和7年9月4日に第6回会合として再開されたこと、そして直近の会合で優先的に審議されているのは総合診療科ではなく日本睡眠学会が要望する「睡眠障害」の標榜化であることを示している
- 38総合診療科(院内標榜)診療科紹介市立奈良病院 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 「総合診療科(院内標榜)」という形で院内掲示のみを行っている実例を示しており、これは医療法が規制する対外的な標榜には当たらず、外部からクリニックを探す患者の目には触れないものであることを裏づけている
- 39特定機能病院、「医師派遣」や「総合診療科」が承認要件にm3.com、2025年6月26日 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 特定機能病院(全国約88施設)の承認要件として、院内に総合診療科を設置することが求められる方向で検討が進んでいると報じている。ただしこれは限られた大病院内部の組織編制に関するものであり、一般の診療所における対外的な標榜とは別の制度的な動きである
- 40総合診療科「標榜」へ年内にも厚労省に要望、既に複数学会が賛同m3.com(医療維新)、2026年5月31日 · 2026 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本プライマリ・ケア連合学会の草場鉄周会長が記者会見で、複数の学会・団体の賛同を得た上で、年内にも総合診療科の標榜を求める要望書を厚労省に提出する方針を明らかにしたと報じている。2024年6月の規制改革推進会議による閣議決定(2024年度中に議論取りまとめ、2025年に結論という方針)にも言及している
- 41第219回国会 衆議院厚生労働委員会 第3号 会議録(令和7年11月21日)衆議院 · 2025 · accessed 2026-09-01裏付けた主張: かかりつけ医の制度化について問われた上野厚生労働大臣が「医療機関は患者が選ぶものという国民の意識を踏まえると、登録制はなかなか抵抗が強いのではないか等々の御指摘もいただいておりますので、やはりそれにつきましては慎重な検討が必要ではないかと考えております。厚生労働省といたしましては、引き続きフリーアクセスは維持しつつも、かかりつけ医機能の確保を図るために総合診療医等の養成についてはしっかりと支援をしてまいりたいと考えています」と答弁している。同じ委員会の別の質疑でも「我々厚生労働省としても、引き続き、フリーアクセスを維持しながら、かかりつけ医機能の確保」と述べており、2025年11月時点の厚生労働省の立場はフリーアクセスの維持である
- 42Prospects of gatekeeping in German social health insuranceJournal of Public Health, 12(4):250-258 · 2004 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: ドイツが2004年の医療制度改革で、診療報酬上の経済的インセンティブを通じた任意加入型のゲートキーピング制度を導入した経緯を論じている
- 43The Netherlands: health system reviewHealth Systems in Transition, 18(2):1-239(Kroneman M, Boerma W, van den Berg M, Groenewegen P, de Jong J, van Ginneken E) · 2016 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: オランダでは英国と同様、患者はGPへの登録が義務づけられ、専門医療へのアクセスにはGPの紹介が必要な制度設計になっていることを示している
- 44Gatekeeping in primary care: Analysing GP referral patterns and specialist consultations in the NHSEconomic Modelling, 142 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 英国NHSにおけるGPの紹介パターンと専門医受診の関係を分析し、ゲートキーピングが実際にどう機能しているかを検証している
- 45激動の世界を見据えたあるべき財政運営(財政制度等審議会 建議)財務省財政制度等審議会財政制度分科会 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: かかりつけ医制度の実現に向けて、かかりつけ医の認定制への移行や外来診療に係る包括払い化を実効性のある形で進めていく必要があるとの意見が示されたことを記録している
- 46資料3 社会保障①(財政制度分科会、令和7年11月5日開催)財務省財政制度等審議会財政制度分科会 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 「あるべき姿」として、国民の多くが自分の「かかりつけ医」を持つ登録制と、十分な数の総合診療医が地域偏在なく確保されるよう公的な第三者機関が認定する制度を提示している。また各論として、かかりつけ医療機関を公的に認定する仕組みと、患者をかかりつけ医療機関に登録する仕組みの両方が必要と考えられると明記している
- 47『国民の信頼に応えるかかりつけ医として』を公表日医on-line(中川俊男) · 2022 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本医師会が、かかりつけ医の登録制度化の提案に対して、患者の受診の自由を狭めるものであるとして反対する立場を公表している
- 48Japanese medical workers' sacrifice for universal health coverageThe Lancet, 401:1073(寄稿文) · 2023 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 皆保険が現場医療従事者の自己犠牲的な労働によって支えられている実態を批判している
- 49Doctors in Japan oppose government plans to reform universal healthcare systemBMJ, 347 · 2013 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本の医師団体が政府の皆保険制度改革案に反対した経緯を報じている
- 50Efforts of the Japan medical association to support physicians to provide quality healthcareJapan Medical Association Journal: JMAJ, 55(3):205-207 · 2012 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本医師会自身の立場から、質の高い医療提供を医師に支援するための取り組みを説明している
- 51Research evidence is essential for the development of family medicine as a discipline in the Japanese healthcare systemBJGP Open, 3(2) · 2019 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本において家庭医療学が一つの学問分野として確立するには、独自の研究エビデンスの蓄積が不可欠であると論じている
- 52Examples from US Policies to Reduce Oversupply and Overutilization: Lessons for the Japanese Health Care SystemInquiry: A Journal of Medical Care Organization, Provision and Financing, 62 · 2025 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 医療の過剰供給・過剰利用を抑制してきた米国の政策事例を検討し、日本の医療制度への示唆を論じている
- 53Health Insurance Politics in Japan: Policy Development, Government, and the Japan Medical AssociationCornell University Press(山岸敬和) · 2022 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 明治期から安倍政権期に至るまでの日本の医療保険政治を、歴史的制度論の観点から体系的に分析している
- 54書評: Health Insurance Politics in Japan: Policy Development, Government, and the Japan Medical Association by Takakazu YamagishiSocial Science Japan Journal, 26(2):263-266 · 2023 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 山岸敬和の著書を、日本医師会と政府の関係史に関する体系的な英語圏研究として評価している
- 56Development of health insurance policy in JapanJournal of Health Politics, Policy and Law, 7(1):197-226 · 1982 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本の医療保険政策の展開過程を歴史的に整理している
- 57Factors Determining the Allocation of Physicians in Japan (in Ikegami, N., ed., Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: Lessons from Japan)World Bank, chapter 7, pp.119-132 · 2014 · accessed 2026-08-15裏付けた主張: 日本における医師配置を規定してきた要因を論じている
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