測る道具の点検02 アクセスと提供体制/JAPANEUROPEOTHER
閾値は、どこから来たのか
腹囲85cm、血圧130/80、HbA1c 6.5%、HDS-R 20点、MoCA 26点。この線の一方の側にいるか他方の側にいるかで、次の行動と分類が変わる。五つを原典まで辿ると、来歴が五つとも違った。腹囲の導出は三文で根拠図に「投稿準備中」と付され、血圧の80はガイドライン内部の整合性から、HbA1cの線は「国際基準に合わせる」ために採られ、その国際基準の最大の構成要素は日本のデータだった。対比としてアウトカムから引かれた線を二つ置く。訊くべきは「分布かアウトカムか」ではなく、その線が何を目的変数にし、どの損失を最小化し、どんな実装上の理由で調整されたのか、である。
ダイジェスト解説 VIDEO
この列の第1回で、日本が「地域を分母にする」試みを何度もしてきたこと、そして分母の多くが実は制度の名簿だったことを見た。今回は、その上に引かれている線のほうを見る。
これまでこのサイトは、命題を検証してきた(高齢化は医療費増加の主犯か、専門医偏重は非効率か)。そして四つの人文系分野の接続を検証してきた。どちらの作業でも、同じ場所で繰り返し詰まった。——「その指標が本当に何かを測っているのか」を確かめようとすると、確かめるための材料が無い。
だから、道具の側から始めることにした。そして道具の中で最初に見るべきものは、線だと思う。
腹囲85cm。血圧130/80。HbA1c 6.5%。HDS-R 20点。MoCA 26点。この数字の一方の側にいるか他方の側にいるかで、次の行動と分類が変わる。保健指導の対象になり、精査に進み、経過観察に回る。
(公開時の本文は「人は患者になったりならなかったりする」「薬が始まり、診断名がつく」と書いたが、過大である※訂正。130/80は高値血圧という分類であって高血圧の診断基準ではなく、HDS-RとMoCAはスクリーニングであり、HbA1cも単独の一回で常に確定診断になるわけではない。)
では、その線はどこから来たのか。日本で使われている五つの線を、原典まで辿った。
先に結論を書く。五つとも、来歴が違った。そして違い方には、ある規則があった。
腹囲——回帰の答えは84.4と92.5だった
日本のメタボリックシンドローム診断基準は、腹囲を必須項目にしている。血圧も脂質も血糖も、腹囲の線を越えていなければ、そもそも診断に進まない。男性85cm、女性90cm。
この線の導出は、2005年の診断基準検討委員会報告に書かれている。三文である1。
内臓脂肪面積100平方cmに相当するウエスト周囲径を求める、という筋道自体は明快だ。問題はその先で、回帰式が示されていない。感度も特異度も無い。ROC曲線も無い。95%信頼区間も無い。
そして根拠として挙げられた図のうち三点に、こう付されている。
(投稿準備中)
診断基準が公表された時点で、それを支えるデータが未発表だった。
さらに、基になった回帰の答えは男性84.4cm・女性92.5cmである。公表された基準は85と90。男性は+0.6切り上げ、女性は−2.5切り下げ。この非対称な丸めの理由は、どちらの原報告にも書かれていない。
標本は、健診受診者と肥満外来受診者を合わせた便宜標本(n=1,193)だった。
2010年に、国自身が引き直している
この基準については、厚生労働科学研究(門脇孝班)が2010年に大規模な再検討を行っている。横断33,975人(男性16,215/女性17,760)2。
「感度と特異度の和を最大にするポイント」を求めた結果は、男性85cm前後・女性80cm前後だった。女性の線が10cm動く。
ここまでは報道もされた。だがこの報告書には、もっと重要なことが書いてある。
心血管疾患発症を予測するウエスト周囲径…ROC 曲線がほぼフラットであったため…カットオフ値の決定は困難であった
「女性80cm」は、心血管疾患を予測する線ではない。リスク因子の重積を予測する線である。心血管イベントを outcome にすると、ROC曲線は平らになる。腹囲の値をどこで切っても、イベントの予測はほとんど変わらない。
そして報告書の結論は「女性の基準を80cmにすべきだ」ではない。「再検討すべきものであると判断する」までである。
(この経緯を「2010年に判明したのに国が放置した」と書くのは正確ではない。後続研究で女性の値は82〜84cmに動き、2016年の検討会で現行基準は維持されている。動かなかったのではなく、動かす先が定まらなかった。)
血圧——拡張期の80は、予後ではなく整合性から来た
日本高血圧学会のガイドラインは、130-139/80-89 を「高値血圧」と呼ぶ。この区分がなぜこの数字なのか、ガイドライン自身が書いている3。
各々の拡張期血圧区分は、本ガイドラインにおける降圧目標との整合性を保つ観点から、80 mmHg 未満、80-89 mmHg とした
前版では、同じ位置の拡張期は85だった。85→80 の変更根拠は、新しい予後データではない。ガイドラインの内部での整合性である。
正直に言えば、これは責められる種類の記述ではない。むしろ、書いてあるだけ誠実だ。理由を書かずに数字だけ変えることもできたのに、そうしなかった。
そして同じガイドライン(JSH2019)は、米国が採った130/80という診断基準を、明示的に退けている※追記。(以下はJSH2019についての記述である。日本高血圧学会の現行版は2025年版であり、この80という区分が維持されたか変更されたかを、私はまだ確かめていない。)
根拠として用いられている RCT にわが国のものはほとんど存在しない。そこで本ガイドラインにおいても Ⅰ度高血圧以上の高血圧の基準は従来通り 140/90 mmHg 以上とした
外国のRCTで日本人の線を引かない、と言っている。これは指標の扱いとして、かなり厳しい態度である。
ただし、その厳しさは自分の側にも向く。降圧目標130/80の根拠とされたメタ解析14試験のうち、日本の3試験(JATOS・VALISH・HOMED-BP)はいずれも主要評価項目で有意差を示していない。ただしこれは効果がないことを意味しない※訂正。効果量と信頼区間、あるいは国による交互作用を見ないかぎり、「日本人には効かない」とは言えない。言えるのは、日本で行われた試験は有意差を出せなかった、というところまでである。そしてガイドライン自身がこう書いている。
降圧目標の下限については、これを目的とした臨床研究は行われておらず
HbA1c——学会自身が「網膜症の観点からは低めだ」と書いている
三つ目は、日本糖尿病学会の2010年報告である。この線は、上の二つとまったく違う。導出が全部書いてある4。
60歳未満のOGTT受診者6,658例で、空腹時血糖とHbA1cの相関を取り、回帰式まで示している。
相関係数 r=0.854 と極めて高い相関がみられ、HbA1c(JDS値)=1.869+0.0333×(空腹時血糖値)の回帰式から、空腹時血糖値 126mg/dl に対応する HbA1c(JDS値)は 6.1% と計算された
ここは見習うべき記述である。回帰式も、標本数も、相関係数も出ている。腹囲基準とは比較にならない。
だが、導出されたものが何かをよく見たい。この6.1%は、空腹時血糖126という既存の線から引き写された値である。網膜症から引かれた線ではない。
網膜症のデータ(36,267例)は、この後に出てくる。そして役割が違う。
少なくとも HbA1c(JDS値)のカットオフ値を 6.1% にすることに矛盾しないと考えられた
導出ではなく、追認である。原文の語順がそうなっている。
報告書は、自分の線が低いと認めている
同じ報告書の後半に、こう書いてある。
横断調査における10分位法の内外のデータから見ると、網膜症のリスクが著明に増加するのは…HbA1c(国際標準値)6.9%(HbA1c(JDS)値 6.5%)程度からであり、これを糖尿病(型)と判定する基準値とすべきとの意見もある。すなわち現在の基準値である空腹時血糖値≧126mg/dl…というのは網膜症のリスクという観点からは低めに設定されている
では、なぜ低いほうを採ったのか。理由も書いてある。
にもかかわらず今回この基準値を採用したのは①糖尿病(型)と判定する基準値はなるべく国際基準値に合わせる必要があること、②…網膜症のリスクが著明に高まる以前から治療を開始し…望ましい、と考えたからである
②は臨床判断として理解できる。問題は①である。——では、その「国際基準値」は、どこから来たのか。
国際基準の最大の構成要素は、広島だった
HbA1c 6.5% を国際基準にしたのは、2009年の International Expert Committee 報告である。その根拠として挙げられているのが、DETECT-2 という統合解析だった5。
ところが、2009年の時点でその解析は公刊されていない。報告書自身が、出典をこう書いている。
(S. Colagiuri, personal communication)
私信である。世界の糖尿病診断基準が変わった根拠が、当時まだ未発表だった。
公刊されたのは2年後の2011年。その構成コホートの表を見ると、9研究のうち最大は広島(n=12,873)で、44,623例の約29%を占める。そしてその広島データの原論文は、日本の委員会報告が文献43として引いている伊藤千賀子らの論文と、同一である6。
論文自身も、この偏りに触れている。そして、その次の一文を公開時の本文は落としていた※訂正。
the Hiroshima study, with its large sample size, and the Pima Indian study, with its high prevalence of diabetes-specific retinopathy, may have influenced the results. However, sensitivity analyses that excluded these two studies did not alter the overall results.
広島とピマを除いた感度分析でも、全体の結論は変わらなかった。
つまり、こういう構図になっている。
日本の学会は「国際基準に合わせる」ために、自国の網膜症データが示す線より低い値を採った。その国際基準の最大の構成要素は、日本のデータだった。
したがって公開時の本文が書いた「独立した外部の基準に従ったという含意は、事実とずれている」は、強すぎる※訂正。書ける範囲はこうである。循環しているように見える。だが除外解析では結論が維持されている。
なお構成比の分母にも注意が要る。広島の12,873人は、総数44,623人に対しては約29%だが、HbA1cを持つ解析対象(約2万8千人)に対しては約46%である。
(この経路には、孫引きで再生産される食い違いもある。2009年報告は「nine countries」と書くが公刊版は「five countries」、「∼28,000」は総数44,623ではなくHbA1cを持つ部分集合である。そしてROC解析の最適点は公刊版では6.4%である。ただし6.5%はROCだけから出た値でもない。公刊版は連続分布(6.5〜6.9%)、20分位解析(6.3〜6.7%)、ROC(6.4%)の三つを組み合わせて6.5%を推奨している。「ROCが6.4%と出したのに6.5%にした」という単純な話ではない。)
認知症の二つの線——一方は導出が読めず、一方は輸入された
診療報酬の点数表には、認知機能検査が並んでいる。その代表が HDS-R(改訂長谷川式)と MoCA-J である。線の来歴は、正反対だった。
HDS-R 20/21——著者自身の記述に、ROCが現れない
HDS-R の感度0.93・特異度0.86 は、非常によく引かれる。だがこの数値の帰属が、流布しているものと違う。
0.93/0.86 は1992年の補遺(認知症117例・非認知症83例)の値であり、1991年の原著のものではない。原著の筆頭著者である加藤伸司自身が、2023年の総説で補遺に帰属させている7。英文の一次報告(1994年、n=157)の値は 0.90/0.82 で、これはまた別のデータセットである8。
では、20/21というカットオフはどう導かれたのか。
加藤の総説には、こう書いてある。
cut off point(鑑別点)は、21 点/ 20 点である。21 点以上を正常、20 点以下を認知症の疑いと判定した場合にもっとも高い弁別性を示す
「もっとも高い弁別性を示す」——それだけである。ROC も AUC も Youden 指数も 95%信頼区間も出てこない。到達できた著者自身の記述(補遺の公式抄録、この総説)の、どこにも現れない。
ここは限界を明記しておく。1991年の日本語原著の本文には到達できていない。(老年精神医学雑誌 2(11):1339-1347。現行刊行誌のため国立国会図書館デジタル・J-STAGE・CiNii・大学リポジトリのいずれにも本文がない。)だから「原著にROCは無い」と断定はできない。書けるのは、「到達できた著者自身の記述のどこにも現れない」というところまでである。
線が別のアウトカムでどう振る舞うかを見た研究がある。TAVR(経カテーテル大動脈弁植込み術)を受けた455人で、3年全死亡の予測を調べたものだ9。数値を分けて書く。
- 20/21:AUC 0.52(95%CI 0.39–0.65、p=0.713)
- 23/24:AUC 0.63(95%CI 0.50–0.76、p=0.047)
ただし公開時の本文は、ここから「働いていないのは、線のほうである」と結論した。評価の枠組みが違う※訂正。20/21は認知症のスクリーニング用に定められた線であり、この研究が評価しているのはTAVR後3年死亡の予測である。目的変数が変われば最適な閾値が変わるのは当然で、これは線の失敗ではない。(原著も23/24を死亡予測用の閾値として評価している。)
書ける範囲はこうである。認知症スクリーニング用の20/21を、TAVR後死亡の予測閾値としてそのまま転用することはできない。
そのうえで、この研究の結論は「HDS-R は使えない」ではない。多変量解析では HDS-R は全死亡と独立に関連しており(ハザード比 2.11)、論文の結論は「HDS-R は TAVR 後の中期予後を独立に予測しうる」である。尺度と、特定の目的のために引かれた線は、別に評価する必要がある。
MoCA-J 26——線は同じ値のまま日本標本で検証された
MoCA-J は、日本語版として項目が丁寧に翻案されている。語想起の頭文字も、単語リストも、日本語に合わせて作り直されている。
だが、合計点の閾値は北米の原版と同じ値である。26点という閾値も、教育年数12年以下に1点を加える補正も、原版と同一である10。
ここで公開時の本文は「線は翻案されなかった」とだけ書いたが、それは片面である※訂正。同じ25/26を日本の標本で検証してもいる。もの忘れ外来と地域健診の混合96名(AD 30/MCI 30/健常36)で、MCIの弁別のAUCは0.95(95%CI 0.90–1.00)、25/26で感度93.0%・特異度87.0%と報告されている11。標本内では、この線は働いている。
問題は別のところにある。この標本はMCIの有病割合が人為的に約31%になっており、それは主に陽性的中率と一般化可能性の問題である。そして——九州の地域在住高齢者1,977人にこの線を当てると、平均21.8点、82.6%が26点未満になる12。これが、この節の中心である。文化・年齢・教育年数の違う集団へ、線がそのまま移送できるとは限らない。
では、アウトカムから引かれた線は、どう見えるか
ここまで五つ見て、「日本の線はいい加減だ」という結論に行くのは早い。比較対象が要る。「その線を越えたら何をするか」から逆算された線を、二つ置く。
PERC 1.8%——害と益の釣り合いから計算された
肺塞栓を疑ったとき、検査をせずに帰していいか。PERCルールは8項目すべて陰性なら「検査不要」とする。その根拠になった閾値が、1.8%である13。
The test threshold was estimated at 1.8% using the method of Pauker and Kassirer
この1.8%は、集団の分布から来ていない。Pauker-Kassirer 法は、検査の害と、見逃しの害と、治療の益を突き合わせて「これ以下なら検査しないほうが得」という点を計算する方法である。
「どこで切ると人数が半分になるか」ではなく、「どこで切ると損得が釣り合うか」で引いた線である。
(ここも限界を書いておく。この一文を確認できたのは抄録である。本文が購読契約下にあり、1.8%を計算する際に何の値を代入したのか——CTの合併症率、被曝発癌のリスク、抗凝固の出血率をいくつと置いたのか——私は確認できていない。書けるのは「アウトカムから逆算したと著者が述べている」ところまでで、「その計算を検算した」とは書けない。)
家庭血圧 137/84——原著が、この記事の論点を先に書いていた
日本にも同じ形の線がある。大迫研究が、地域住民1,913人を平均5.0年追跡し、141の死亡から家庭血圧の基準値を導いた14。
そして原著が、この記事が言おうとしていることを、1997年に書いている。
All previous studies proposing reference values for home BP measurement, derived from cross-sectional observations, were based on the statistical distribution of home BP values. The reference value must, however, be the one that best predicts the risk for morbidity and mortality from hypertension-related complications. This is the first report proposing reference values for home BP measurement based on prognostic criteria.
「従来の基準値は、家庭血圧の統計的分布に基づいていた。しかし基準値は、リスクを最もよく予測するものでなければならない」。——分布由来と予後由来の区別を、当事者が名指ししている。
ただし、ここで一つ注意が要る。導出された値は137/84であって、今使われている135/85ではない。
学会の指針は、137/84(総死亡基準)と138/83(心血管死基準)を並べたうえで、こう書く15。
the JSH 2004 proposed a home BP of 135/85 mm Hg as a criterion of hypertension. This criterion is consistent with that of the international guidelines
ここを公開時の本文は「理由は国際整合性だけ」と読んだ。狭すぎる※訂正。引用文をよく見ると、「大迫研究で138/83から相対リスクが有意に上昇したため、JSH2004は135/85を提案した」と、予後データを理由として先に挙げている。そのうえで国際的ガイドラインとの整合にも触れている。
正確にはこうである。135/85には、大迫研究の予後データと国際整合性の双方が関与している。ただし、137/84または138/83を135/85へ変換した具体的な手続きは、どこにも明記されていない。
そして現行のガイドライン本文を全文検索すると、この日本発の原著は引用されていない(0件)。日本で導出された世界初の予後基準の線が、その後のガイドラインに典拠として残らなかった、という事実は変わらない。
(なお、その研究の中心にいた今井潤が後の総説16に書いた「There is no evidence to support these target HBP levels」という一文を、公開時の本文はこの直後に置いていた※訂正。これは診断基準についてではなく、年齢別の降圧目標についての文である。診断基準の議論に続けて置くと、135/85という診断基準に根拠がないように読めてしまう。位置づけを分けておく。)
分布から引く線は、怠慢ではないかもしれない
ここまでを、「アウトカムから引いた線は良く、分布から引いた線は悪い」とまとめたくなる。だが、それでは説明がつかないことがある。
PERCの1.8%を、なぜアウトカムに固定できたのか。対象を絞ったからである。
PERCが当てはまるのは「医師が臨床的に低リスクと判断した患者」だけだ。その部分集合の中でなら、害と益を計算できる。だがその代わり、この指標は「誰に当てはめるか」を医師の判断に預けている。——測定の失敗の型で言えば、分母が構造的に不完全である。
逆を見る。腹囲基準は、40歳から74歳の全員に当てはまる。特定健診の対象は約5,210万人。
公開時の本文は、ここから「全員に当てはめると決めた瞬間に、線は分布からしか引けなくなる」と結論した。撤回する※撤回。この記事自身が、その反例を載せている。大迫研究は地域一般住民1,913人を追跡し、そこから予後基準を導いた。対象を絞った部分集合ではない。対象人数が5,210万人でも、個人単位の期待利益と害をモデル化することは原理的に可能である。
書ける範囲は、こうである。
対象集団が広く異質になるほど、単一のアウトカムに固定した閾値の移送可能性は下がり、実際の線は予後・診断性能・実装の容易さ・国際整合性の折衷になりやすい。
「分布から逆算された閾値」は、必ずしも怠慢の産物ではない。だが「全員に当てはめるから分布しかない」という必然でもない。
ただし、代価を払っていることを、払う側が言っていない
これは弁護ではない。腹囲基準は「内臓脂肪面積100平方cmに相当する線」として提示された。「5,210万人に当てるために分布から引いた線」としては提示されていない。
比較になる例がある。ヨーロッパのサルコペニア診断基準(EWGSOP2, 2019)は、閾値の決め方をこう説明している17。
cut-off points usually set at −2 standard deviations compared to the mean reference value
健常な若年成人の分布から −2SD。アウトカムではない。握力の男性27kg・女性16kgは、英国の規準データの T-score ≤ −2.5 から来ている。
そして、そのすぐ後にこう書いてある。
For EWGSOP2 cut-off points, we opted to use round figures, with the confidence that the minor reduction in accuracy will be overcome by ease of use.
「切りのいい数字を使うことにした。精度がわずかに落ちるぶんは、使いやすさで埋め合わされると確信している」。
腹囲基準の非対称な丸めには、理由が書かれていなかった。EWGSOP2 は、丸めたことも、丸めた理由も、そのために何を諦めたかも書いている。——同じ「分布から引いて丸めた線」でも、記述の誠実さはここまで違いうる。
(ただし EWGSOP2 の閾値がすべて分布由来だと書くのは正確でない。歩行速度 ≤0.8 m/s は、歩行速度と生存を結びつけた研究を典拠にしている。一つのガイドラインの中に、両方の来歴が混在している。)
そしてもう一つ。五つを並べて、線の理由に「整合性」が三回出てきた。血圧の80はガイドライン内部との整合性から、HbA1cの6.1%は国際基準との整合性から、家庭血圧の135/85も国際的ガイドラインとの整合から来ている。
整合性は、線の理由になりうる。バラバラの数字を覚えさせられる現場の負担は本物だし、国際比較ができなくなる不利益も本物だ。だが整合性は、その線の外側にある何かを参照している。「この値を超えた人に何が起きるか」ではなく、「他の数字とどう揃うか」を見ている。
参照先が患者の予後ではなく、他の数字であるとき、その線は何を測っているのか。
総合診療にとって
三つ、持ち帰れることがある。
第一に、線を見たら来歴を訊く。「男性85cm」と「1.8%」は、同じ見た目をしているが、同じ種類のものではない。
ただし公開時の本文は、これを「前者は分布の位置であり、後者は損得の均衡点である」と対比した。前者の説明が、記事の前半と整合していない※訂正。腹囲85cmは単純な分布上の位置ではなく、内臓脂肪面積100平方cmという代理構成概念への回帰から得られた値である(そのうえで非対称に丸められている)。五つの線を性格で並べ直すと、こうなる。
| 閾値 | 主な性格 |
|---|---|
| 腹囲85cm | 代理構成概念(内臓脂肪面積)への対応値 |
| 血圧130/80 | 分類とガイドライン内部の整合 |
| HbA1c 6.5% | 合併症データ+国際的な調整 |
| HDS-R 20/21・MoCA 25/26 | 診断群を分けるスクリーニングの弁別点 |
| PERC 1.8% | 害と益から計算された行動の閾値 |
| 家庭血圧135/85 | 予後の閾値+実装上の調整 |
患者に説明するとき、この違いは説明の内容を変える。「85を超えたから危ない」と「85を超えたから保健指導の対象になる」は、違うことを言っている。
第二に、「この指標は妥当か」という問いは、形をなしていない。問いは常に「何の代理指標として妥当か」である。HDS-R は認知症のスクリーニングでは働き、TAVR後の3年死亡では標準の線がほぼ何も予測しない。同じ道具、同じ線、違うアウトカム。そして尺度が働いていても線が働かないことがある——これは、線と尺度を分けて考える必要があるということでもある。
第三に、総合診療は「広く異質な集団に当てはめる線」を最も多く使う科である。健診も、保健指導も、認知機能のスクリーニングも、対象を絞らずに当てる。そして集団が広く異質になるほど、一つのアウトカムに固定した線の移送可能性は下がる。MoCAの26点が九州の地域高齢者の82.6%を陽性にしたのは、その形をしている。
専門科は対象を絞れるから、線をアウトカムに固定しやすい。総合診療は絞りにくい。絞りにくいことが、この分野の指標が弱く見える理由の一部かもしれない。
そして最後に、この記事全体の問いを言い直しておく。「分布から引いたか、アウトカムから引いたか」という二分法では足りなかった。訊くべきはこうである。
その線は、何を目的変数にし、どの損失を最小化し、どんな実装上の理由で調整されたのか。
五つの線は、どれもこの三つを全部は書いていなかった。
この列では、これから指標を一つずつ点検していく。優先順位は指標監査のページに置いた。今の首位は受診回数(優先度27.0)である。「日本人はかかりすぎだ」という語が、どの数字の上に乗っているのかを、いずれ辿る。
訂正 CORRECTIONS
公開後に直したこと。本文は直したうえで、何をどう変えたかをここに残している。本文中の※ が、直した箇所を指す。
- 撤回「全員に当てはめると決めた瞬間に、線は分布からしか引けなくなる」を撤回した2026-09-01 · taisho-shiboriこの記事自身が反例を載せていた。大迫研究は地域一般住民1,913人を追跡し、そこから予後基準を導いている。対象を絞った部分集合ではない。また対象人数が5,210万人でも、個人単位の期待利益と害をモデル化することは原理的に可能である。中心命題を「対象集団が広く異質になるほど、単一のアウトカムに固定した閾値の移送可能性は下がり、実際の線は予後・診断性能・実装の容易さ・国際整合性の折衷になりやすい」に置き換えた。あわせて記事の最終的な問いも「分布から引いたか、アウトカムから引いたか」という二分法から「その線は、何を目的変数にし、どの損失を最小化し、どんな実装上の理由で調整されたのか」に改めた。
- 訂正「腹囲85cmは分布の位置」という対比が、記事の前半と整合していなかった2026-09-01 · bunpu-ichi腹囲85cmは単純な分布上の位置ではなく、内臓脂肪面積100平方cmという代理構成概念への回帰から得られた値である(そのうえで非対称に丸められている)。またHDS-RとMoCAの閾値も分布の位置ではなく、診断群の弁別性能から選ばれたカットオフである。五つの線を性格別に整理した表を追加した(代理構成概念への対応値/分類とガイドライン内部の整合/合併症データ+国際的な調整/診断群を分けるスクリーニングの弁別点/害と益から計算された行動の閾値/予後の閾値+実装上の調整)。
- 訂正認知症スクリーニング用の閾値を別目的のアウトカムで評価して「線が働いていない」と結論していた2026-09-01 · hdsr-tavrHDS-Rの20/21は認知症のスクリーニング用に定められた線であり、引用した研究が評価しているのはTAVR後3年死亡の予測である。目的変数が変われば最適な閾値が変わるのは当然で、これは線の失敗ではない(原著も23/24を死亡予測用の閾値として評価している)。「認知症スクリーニング用の20/21を、TAVR後死亡の予測閾値としてそのまま転用することはできない」に改めた。あわせて読みにくかった数値も、20/21はAUC 0.52(95%CI 0.39-0.65、p=0.713)、23/24はAUC 0.63(95%CI 0.50-0.76、p=0.047)と分けて記載した。
- 訂正家庭血圧135/85の根拠を「国際整合性だけ」と狭く読んでいた2026-09-01 · katei-ketsuatsu引用元は「大迫研究で138/83から相対リスクが有意に上昇したため、JSH2004が135/85を提案した」と予後データを理由として先に挙げたうえで、国際的ガイドラインとの整合にも触れている。「135/85には大迫研究の予後データと国際整合性の双方が関与している。ただし、137/84または138/83を135/85へ変換した具体的な手続きは明記されていない」に改めた。またその直後に置いていた今井潤の「There is no evidence to support these target HBP levels」は、診断基準についてではなく年齢別の降圧目標についての文であるため、位置づけを分けた。
- 訂正DETECT-2の反証情報を落としていた2026-09-01 · detect2論文は広島とピマの影響に触れた直後に「However, sensitivity analyses that excluded these two studies did not alter the overall results」と述べており、公開時の本文はこの一文を引用から落としていた。したがって「独立した外部の基準に従ったという含意は事実とずれている」は強すぎる。「循環しているように見える。だが除外解析では結論が維持されている」に改めた。また6.5%についても、ROCの6.4%だけでなく連続分布(6.5-6.9%)と20分位解析(6.3-6.7%)を組み合わせて推奨された値であることを補い、広島の12,873人が総数44,623人に対しては約29%だがHbA1c解析対象に対しては約46%であることも明記した。
- 訂正「MoCA-Jの線は翻案されなかった」が片面だけの記述だった2026-09-01 · moca-kensho同じ25/26を日本の標本で検証してもいる。96名(AD 30/MCI 30/健常36)で、MCIの弁別のAUCは0.95(95%CI 0.90-1.00)、25/26で感度93.0%・特異度87.0%と報告されている。標本内ではこの線は働いている。MCIが約31%という標本構成は主に陽性的中率と一般化可能性の問題であり、感度・特異度を直ちに無効にはしない。むしろこの節の中心は、九州の地域在住高齢者1,977人で82.6%が26点未満になったという移送可能性の問題のほうであるため、そちらを中心に据え直した。節見出しも「線は同じ値のまま日本標本で検証された」に改めた。
- 訂正「人は患者になり、薬が始まり、診断名がつく」という書き方を修正した2026-09-01 · kanja-ni-naru130/80は高値血圧という分類であって高血圧の診断基準ではなく、HDS-RとMoCAはスクリーニングであり、HbA1cも単独の一回で常に確定診断になるわけではない。「次の行動と分類が変わる」に改めた。記事の説明文も同様に修正した。
- 訂正「日本の3試験はいずれも有意差なし」から効果がないと読ませない形にした2026-09-01 · nihon-3shiken有意差がないことは効果がないことを意味しない。効果量と信頼区間、あるいは国による交互作用を見ないかぎり「日本人には効かない」とは言えない。「日本で行われた試験は主要評価項目で有意差を示していない」というところまでに限定した。
- 追記JSH2019を現在形で扱っていたことを注記した2026-09-01 · jsh2025日本高血圧学会の現行版は2025年版である。本文の記述をJSH2019についての歴史的記述であると明示し、80という拡張期区分が2025年版で維持されたか変更されたかを確かめていない旨を添えた。
出典 SOURCES
- 1メタボリックシンドロームの定義と診断基準日本内科学会雑誌 94(4):794-809(メタボリックシンドローム診断基準検討委員会) · 2005 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: 腹囲基準の導出に関する記述は本文で3文にとどまり、回帰式・感度・特異度・ROC曲線・95%信頼区間のいずれも示されていない。根拠として挙げられた図のうち3点に「(投稿準備中)」と付されており、診断基準の公表時点で支持データが未発表だった。基となった回帰の答えは男性84.4cm・女性92.5cmで、公表基準の85/90は男性が+0.6の切り上げ、女性が−2.5の切り下げにあたるが、この非対称な丸めの理由はどちらの原報告にも記載がない。標本は健診受診者と肥満外来受診者を合わせた便宜標本(n=1,193)。腹囲はこの基準においてメタボリックシンドロームの必須項目とされている
- 2保健指導への活用を前提としたメタボリックシンドロームの診断・管理のエビデンス創出のための横断・縦断研究(平成19-21年度 総合研究報告書)厚生労働科学研究費補助金 循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業 H19-循環器等(生習)・一般-021(研究代表者 門脇孝、文献番号200926018B) · 2010 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: 横断33,975人(男性16,215/女性17,760)を対象に腹囲基準を再検討した報告書。「感度と特異度の和を最大にするポイント」は男性85cm前後・女性80cm前後と算出された。ただしこれはリスク因子の重積を対象にしたものであり、心血管疾患発症を outcome にした場合については「心血管疾患発症を予測するウエスト周囲径…ROC 曲線がほぼフラットであったため…カットオフ値の決定は困難であった」と明記している。結論は現行基準を「再検討すべきものであると判断する」までであって、女性80cmを推奨・提言したものではない。なおこの課題には英文査読原著が存在しない(PubMed 複数クエリで該当なし)。後続研究で女性の値は82-84cmに動き、2016年の検討会で現行基準は維持された
- 3高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会 編、ライフサイエンス出版(ISBN 978-4-89775-386-7) · 2019 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: 高値血圧(130-139/80-89 mmHg)の拡張期区分について「各々の拡張期血圧区分は、本ガイドラインにおける降圧目標との整合性を保つ観点から、80 mmHg 未満、80-89 mmHg とした」と記す。JSH2014 では同じ位置の拡張期は85であり、85→80 の変更根拠は新たな予後データではなくガイドライン内部の整合性である。また米国の130/80という診断基準は明示的に退けており、「根拠として用いられている RCT にわが国のものはほとんど存在しない。そこで本ガイドラインにおいてもⅠ度高血圧以上の高血圧の基準は従来通り 140/90 mmHg 以上とした」と述べる。降圧目標130/80の根拠メタ解析14試験のうち日本の3試験(JATOS・VALISH・HOMED-BP)はいずれも有意差なし。「降圧目標の下限については、これを目的とした臨床研究は行われておらず」との記述もある。なお学会公式サイトで配布されていた JSH2019 全文PDF(jsh2019/JSH2019_hp.pdf)は2026年8月時点で実体が失われており、guideline.html は2025年版が主体となっている。CQ解説PDFなど個別資材は同ディレクトリに現存する
- 4糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告糖尿病 53(6):450-467(糖尿病診断基準に関する調査検討委員会、委員長 清野裕) · 2010 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: HbA1c のカットオフ導出について「まず,空腹時血糖値と HbA1c の関連について,60歳未満の OGTT 受診者 6,658 例で検討すると,相関係数 r=0.854 と極めて高い相関がみられ,HbA1c(JDS値)=1.869+0.0333×(空腹時血糖値)の回帰式から,空腹時血糖値 126mg/dl に対応する HbA1c(JDS 値)は 6.1% と計算された」と記す。網膜症データ(36,267例、図の出典表記は「伊藤千賀子,未発表データ」)については「少なくとも HbA1c(JDS値)のカットオフ値を 6.1% にすることに矛盾しないと考えられた」とあり、導出ではなく追認の位置づけである。さらに「網膜症のリスクが著明に増加するのは空腹時血糖値 140mg/dl,OGTT2時間値 230〜240mg/dl,HbA1c(国際標準値)6.9%(HbA1c(JDS)値 6.5%)程度からであり、これを糖尿病(型)と判定する基準値とすべきとの意見もある」「現在の基準値である空腹時血糖値≧126mg/dl…というのは網膜症のリスクという観点からは低めに設定されている」と自ら認め、それでも採用した理由を「①糖尿病(型)と判定する基準値はなるべく国際基準値に合わせる必要があること」「②…網膜症のリスクが著明に高まる以前から治療を開始し…望ましい」と述べる。換算式は「HbA1c(国際標準値)(%)=HbA1c(JDS値)(%)+0.4%」。図4・図5の原データはいずれも伊藤千賀子(広島)のものであり、引用文献43は Ito C, et al. Diabetes Res Clin Pract 2000;49:181-186
- 5International Expert Committee report on the role of the A1C assay in the diagnosis of diabetesDiabetes Care 32(7):1327-1334 (The International Expert Committee) · 2009 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: HbA1c 6.5% を糖尿病の診断基準とした報告。根拠として挙げた解析の出典を「A recent analysis derived from DETECT-2 … (S. Colagiuri, personal communication). This analysis included ∼28,000 subjects from nine countries」と記しており、公表時点では未発表の私信であった。「The receiver operating characteristic curve analysis of the same data indicated that the optimal cut point for detecting at least moderate retinopathy was an A1C of 6.5%」とも述べる。6.5%を選んだ理由については「In selecting a diagnostic A1C level ≥6.5%, the International Expert Committee balanced the stigma and costs of mistakenly identifying individuals as diabetic against the minimal clinical consequences of delaying the diagnosis in someone with an A1C level <6.5%. The committee agreed to emphasize specificity rather than sensitivity」と記す。1997年報告が用いた3コホートはエジプト(n=1,018)、ピマ族(n=960)、NHANES(n=2,821)
- 6Glycemic thresholds for diabetes-specific retinopathy: implications for diagnostic criteria for diabetesDiabetes Care 34(1):145-150 (Colagiuri S, Lee CMY, Wong TY, Balkau B, Shaw JE, Borch-Johnsen K; DETECT-2 Collaboration Writing Group) · 2011 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: IEC 2009 が私信として引いた解析の公刊版。「nine studies from five countries with 44,623 participants」であり、HbA1c を持つ部分集合は n=28,010。Table 1 の構成コホートのうち最大は広島(Hiroshima study, Japan, n=12,873)で全体の約29%を占め、次いで ARIC(米国、n=10,873)。広島コホートの原論文(文献4)は Ito C, Maeda R, Ishida S, Harada H, Inoue N, Sasaki H. Diabetes Res Clin Pract 2000;49:181-186 であり、日本糖尿病学会2010年報告が引用する文献43と同一である。論文自身が「the Hiroshima study, with its large sample size, and the Pima Indian study, with its high prevalence of diabetes-specific retinopathy, may have influenced the results. However, sensitivity analyses that excluded these two studies did not alter the overall results」と述べる。ROC解析による閾値は「6.4% for A1C」であり、結論は「an A1C of 6.5% is a suitable alternative diagnostic criterion」。したがって6.5%はROC解析が出した値そのものではない
- 7心理アセスメントのテクニカル・ポイント 改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の理解と活用老年臨床心理学研究 4:47-55(加藤伸司、東北福祉大学総合福祉学部/認知症介護研究・研修仙台センター) · 2023 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: HDS-R 原著の筆頭著者本人による総説。「HDS-R の最高得点は 30 点であり,cut off point(鑑別点)は,21 点/ 20 点である。21 点以上を正常,20 点以下を認知症の疑いと判定した場合にもっとも高い弁別性を示す」と述べるが、ROC・AUC・Youden指数・95%信頼区間のいずれも記載がない。感度・特異度については「HDS-R の鑑別力に関しては,sensitivity が 0.93,specificity が 0.86 という値となる 6)」とし、その文献6は「改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)の作成(補遺).老年社会科学,14.Suppl.91-99(1992)」——つまり0.93/0.86は1991年原著ではなく1992年の補遺に帰属する。また得点の扱いについて「得点や重症度の段階はアセスメントの結果を要約したものであり,ケアに役立てるとすれば,要約する前の情報がむしろ有効となる」と記す。なおこのDOIはJaLC登録でCrossRefには未登録のため、CrossRefベースの撤回監視には乗らない
- 8The Revised Hasegawa's Dementia Scale (HDS-R) — Evaluation of its Usefulness as a Screening Test for DementiaJournal of the Hong Kong College of Psychiatrists 4(SP2):20-24(今井幸充 Imai Y, 長谷川和夫 Hasegawa K)※廃刊誌。CrossRef・PubMedいずれにも登録がなく、到達可能な公開URLを提示できない · 1994 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: HDS-R の英文一次報告。計157名(認知症95、非認知症62)を対象とし、カットオフ20/21で sensitivity 0.90 / specificity 0.82、Cronbach α 0.90、MMSEとの相関0.94を報告する。これは加藤2023が引く1992年補遺(認知症117例・非認知症83例、0.93/0.86)とは別のデータセットである。なお筆頭著者の Imai Y は今井幸充(Yukimichi Imai)であり、家庭血圧研究の今井潤(Yutaka Imai)とは別人。ローマ字表記が同一になるため注意を要する
- 9Cognitive assessment using the revised Hasegawa's dementia scale to determine the mid-term outcomes following transcatheter aortic valve replacementJournal of Cardiology 74(3):206-211 (Saji M, Tobaru T, Higuchi R, et al.; 榊原記念病院) · 2019 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: TAVR を受けた455人で HDS-R が3年全死亡を予測するかを検討した研究。「The discriminatory performance for predicting all-cause mortality at 3 years was greater for dichotomization with 23/24 than that with 20/21 [area under the curve (AUC): 0.63, 95% confidence interval (CI): 0.50-0.76, p=0.047 vs. AUC: 0.52, 95% CI: 0.39-0.65, p=0.713]」——標準のカットオフ20/21は AUC 0.52(p=0.713)でこのアウトカムをほぼ予測しない。一方で HDS-R 自体は多変量Cox回帰で全死亡と独立に関連しており(hazard ratio 2.11, 95% CI 1.21-3.69, p=0.008)、結論は「HDS-R could independently predict mid-term outcomes following TAVR」である。つまり尺度は働き、標準の線が働かない。455人中81人(17.8%)が HDS-R ≤20 だった
- 10日本語版MoCA(MoCA-J)教示マニュアル version 2.2東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム(作成:鈴木宏幸/監修:藤原佳典)※研究所公式サイト上の恒久URLを特定できなかった · 2010 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: MoCA-J の実施手順書(全4頁)。総得点30点、カットオフ26点、および教育年数12年以下の場合に1点を加算する補正を規定しており、いずれも北米の原版と同一の値である。項目(語想起の頭文字、単語リスト等)は日本語に翻案されているが、合計点の閾値と教育補正は翻案されていない。なお MoCA 公式サイト(mocacognition.com)は言語別テストPDFの配布を会員ログイン制に移行しており、日本語版の公開恒久URLは存在しない
- 11Brief screening tool for mild cognitive impairment in older Japanese: validation of the Japanese version of the Montreal Cognitive AssessmentGeriatrics & Gerontology International 10(3):225-232 (Fujiwara Y, Suzuki H, Yasunaga M, et al.) · 2010 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: MoCA-J の検証論文。標本は96名(軽度アルツハイマー型認知症30、MCI 30、健常36)で、カットオフは「Using a cut-off point of 25/26」と記される。標本構成上、MCIの割合が人為的に約31%になっている。なお日本語版の作成報告は鈴木宏幸・藤原佳典「Montreal Cognitive Assessment (MoCA)の日本語版作成とその有効性について」老年精神医学雑誌 21(2):198-202, 2010 として別途公表されている(英語論文は藤原が筆頭、鈴木が第2著者、日本語論文は鈴木が筆頭)
- 12Normative data for the Montreal Cognitive Assessment in a Japanese community-dwelling older populationNeuroepidemiology 40(1):23-29 (Narazaki K, Nofuji Y, Honda T, Matsuo E, Yonemoto K, Kumagai S; 九州大学) · 2013 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: 地域在住高齢者1,977名(65歳以上、平均73.6歳、男性41.3%)にMoCAを実施した規準値研究。平均得点は21.8点で、82.6%が26点未満であった。つまり北米原版由来の26点という線を日本の地域集団に当てると、8割以上が線の下に入る
- 13Clinical criteria to prevent unnecessary diagnostic testing in emergency department patients with suspected pulmonary embolismJournal of Thrombosis and Haemostasis 2(8):1247-1255 (Kline JA, Mitchell AM, Kabrhel C, Richman PB, Courtney DM) · 2004 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: PERC ルールの導出論文。抄録に「The test threshold was estimated at 1.8% using the method of Pauker and Kassirer」とあり、閾値が集団分布ではなく検査の害と治療の益の釣り合いから計算されたことを示す。導出は10の米国施設のER患者3,148名から21変数のロジスティック回帰による。検証は低リスク群1,427名と超低リスク群382名で、ルールを満たした者の肺塞栓有病割合はそれぞれ1.4%(0.5-3.0%)と0%(0-6.2%)。ただし本文は購読契約下にあり(Unpaywall で is_oa: false、PMC未収載、出版社サイトは403)、1.8%を算出する際に代入された各パラメータの値は確認できていない。確認できたのは抄録の記述までである
- 14Proposal of reference values for home blood pressure measurement: prognostic criteria based on a prospective observation of the general population in Ohasama, JapanAmerican Journal of Hypertension 10(4 Pt 1):409-418 (Tsuji I, Imai Y, Nagai K, Ohkubo T, et al.; 東北大学医学部公衆衛生学教室) · 1997 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: 大迫研究。40歳以上の地域住民1,913名の家庭血圧を測定し平均5.0年追跡、141死亡から基準値を導いた。「Based on this relation, we propose that the reference value for hypertension is 137/84 mm Hg」。導出の位置づけを原著自身がこう述べる——「All previous studies proposing reference values for home BP measurement, derived from cross-sectional observations, were based on the statistical distribution of home BP values. The reference value must, however, be the one that best predicts the risk for morbidity and mortality from hypertension-related complications. This is the first report proposing reference values for home BP measurement based on prognostic criteria」。すなわち「分布から引いた従来の基準値」と「予後から引いた基準値」の区別を明示している。なお137/84はこの集団で80パーセンタイル・87パーセンタイルに相当する。家庭血圧の予測力は随時血圧より強かった
- 15The Japanese Society of Hypertension Guidelines for Self-monitoring of Blood Pressure at Home (Second Edition)Hypertension Research 35(8):777-795 (Imai Y, Kario K, Shimada K, et al.; Japanese Society of Hypertension Committee for Guidelines for Self-monitoring of Blood Pressure at Home) · 2012 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: 家庭血圧測定の指針 第2版(英語版)。135/85 の来歴について「as the relative risk increased significantly when BP increased to 138/83 mm Hg in the Ohasama Study, the JSH 2004 proposed a home BP of 135/85 mm Hg as a criterion of hypertension. This criterion is consistent with that of the international guidelines」と記す。すなわち大迫研究の導出値(総死亡基準137/84、心血管死基準138/83)を挙げたうえで135/85を提案したと述べるにとどまり、「137/84を丸めた」とは書いていない。挙げられている理由は国際的ガイドラインとの整合である
- 16The reason why home blood pressure measurements are preferred over clinic or ambulatory blood pressure in JapanHypertension Research 36(8):661-672 (Imai Y, Obara T, Asamaya K, Ohkubo T) ※第3著者は公式レコード上 Asamaya K と表記されているが浅山敬 Asayama K の誤植とみられる · 2013 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: 大迫研究を主導した今井潤による総説。家庭血圧の降圧目標について「The JSH guidelines determined the expected target HBP level for antihypertensive treatment for young and middle aged persons to be 125/80 mm Hg and for elderly persons to be 135/85 mm Hg. The former is equivalent to the upper normal range of HBP, and the latter is equivalent to the hypertension criterion of HBP. There is no evidence to support these target HBP levels」と述べる
- 17Sarcopenia: revised European consensus on definition and diagnosisAge and Ageing 48(1):16-31 (Cruz-Jentoft AJ, Bahat G, Bauer J, et al.; European Working Group on Sarcopenia in Older People 2) · 2019 · accessed 2026-08-20裏付けた主張: サルコペニアの欧州診断基準。閾値の決め方について「use of normative references (healthy young adults) whenever possible, with cut-off points usually set at −2 standard deviations compared to the mean reference value. In specific circumstances, we advise use of −2.5 standard deviations for more conservative diagnosis」と述べ、続けて「For EWGSOP2 cut-off points, we opted to use round figures, with the confidence that the minor reduction in accuracy will be overcome by ease of use」と明記する。すなわち分布由来であることと、利便性のために精度を犠牲にして丸めたことの双方を著者自身が記述している。握力の27kg/16kg は英国の規準データ(Dodds 2014)の T-score ≤ −2.5 に基づく。ただし全閾値が分布由来ではなく、歩行速度 ≤0.8 m/s は歩行速度と生存を結びつけた研究(Studenski 2011 ほか)を典拠としており、一つのガイドライン内に両方の来歴が混在する。なお Table 3 の女性 ASM/height² には正誤表があり、<6.0 kg/m² は <5.5 kg/m² が正(Age Ageing 2019;48(4):601)
関連記事 RELATED
この記事が踏まえた記事
分かりにくいのは、誰の問題かヘルスリテラシーの指標を扱った回。あの33点という線も分布の平均・中央値・最頻値から来ていた。本稿はその形が日本の主要な閾値でも成り立つかを確かめる本人が決められないとき、誰が決めるのか意思決定能力の判定を扱った回。MMSEの20〜24点が能力判定に寄与しないことを見た。本稿はその「線が効かない」現象の出所を辿る医師偏在指標は、何を測れていないのか医師偏在指標の設計を検証した回。指標そのものを点検するという本稿の作業は、あの回から始まっているこの記事を踏まえた記事
何を測るかは、決められるのか本列第2回。臨床の閾値の来歴を辿った。合意形成の70%という閾値にも、同じ問いが立つ五十九年かけて、条文になった一語この列の第2回。閾値の来歴を辿り「閾値をアウトカムに固定できるのは対象を絞ったときだけ」という形を得た。本稿が辿るのは閾値ではなく、義務の語尾である孤立への処方箋は、なぜ何度も書き直されるのか臨床の閾値の来歴を辿った回。本稿の MBI の三分位は、あの記事が扱った「分布から引いた線」の典型である近さは、何から決められてきたのかこの列の第2回。腹囲85cmやHbA1c 6.5%の来歴から「閾値をアウトカムに固定できるのは対象を絞ったときだけ」という形を得た。本稿はその形が、なぜ地理では成り立たないのかを見るその点検表は、何を見落としていたか本列第2回。閾値の来歴を辿った。本稿では、その型だけが既存の枠組みに名前を持たないことが分かる地域を分母にする、と言うとき、何が分母になっているのか本列の次回。大迫が生んだ137/84が、なぜ現行ガイドラインに残らなかったかを扱っている認知症の重さは、何で決まっているのか本列第2回。閾値の来歴を辿った回。本稿のランクには、そもそも来歴の記述が無い死をめぐる会話は、誰が引き受けているのか臨床の閾値の来歴を辿った回。本稿は同じ作業を、会話の道具に対して行っているその地区が消えたのは、医者が来たからか、人がいなくなったからかこの列の第2回。腹囲85cmやHbA1c 6.5%の来歴を辿り、「閾値をアウトカムに固定できるのは対象を絞ったときだけ」という形を得た。本稿はその形が地理の線でも成り立つかを、9か国18件の国際比較で確かめる個人への単独帰属は、なぜ繰り返し成立しないのか別の列の第2回。閾値の来歴を辿った。本稿の後半はその結論をこのシリーズに接続する医療DXは、測定インフラの欠如を埋めるのか閾値の来歴を問うた回。本稿のマイナ保険証利用率の要件は同じ形をしている