SERIES
測る道具の点検
何を測るかが揃っていなければ、地域間の比較も、全国への波及もできない。妥当な計測項目のコンセンサスを作り、それを土台に調査を広げる——そのために必要な議論をする列。既存の指標がどこから来てどこまで確かめられているかを一つずつ辿るのは、その準備である。索引は指標のページに、追跡はここに置く
012026-08-21測る道具の点検地域を分母にする、と言うとき、何が分母になっているのかこの列の目的は、何を測るかの合意を作り、それを土台に調査を広げることにある。その前に、日本が既にやってきたことを見た。大迫町の1997年の健診コホートは、町の人口7,318人、健診の適格者2,719人、受診者1,831人、同意者1,622人という段階を経ている。適格者の定義は農業者・自営業者・年金受給者・被扶養者だった。地域の健康状態は、一つの完全な母集団からではなく、住民台帳・保険者・健診参加者・医療機関受診者という異なる抽出枠を通して観測されている。そして受診件数と受診者数が、同じ量としてプールされている。022026-08-20測る道具の点検閾値は、どこから来たのか腹囲85cm、血圧130/80、HbA1c 6.5%、HDS-R 20点、MoCA 26点。この線の一方の側にいるか他方の側にいるかで、次の行動と分類が変わる。五つを原典まで辿ると、来歴が五つとも違った。腹囲の導出は三文で根拠図に「投稿準備中」と付され、血圧の80はガイドライン内部の整合性から、HbA1cの線は「国際基準に合わせる」ために採られ、その国際基準の最大の構成要素は日本のデータだった。対比としてアウトカムから引かれた線を二つ置く。訊くべきは「分布かアウトカムか」ではなく、その線が何を目的変数にし、どの損失を最小化し、どんな実装上の理由で調整されたのか、である。032026-08-21測る道具の点検何を測るかは、決められるのか前回の宿題を調べた。合意は作れる。関節リウマチでは1992年に作られ、別の領域では欧州医薬品庁のガイドラインが core outcome sets の使用を推奨するところまで行った。だが手続きを満たしても、唯一正しい項目集合が得られるわけではない——報告基準が自ら「どのCOSを使うべきかを区別するものではない」と書いている。評価尺度を5段階から9段階に変えるだけで、最終会議に送られる候補が24から11に変わる。合意は作れる。しかしその結果は、適用範囲と参加者と質問形式と実装負担に依存し、合意しただけでは妥当性も普及も保証されない。042026-08-21測る道具の点検「かかりすぎ」は、どの数字の上に乗っているのか指標監査の優先順位表で首位だった受診回数を点検した。OECDに載っている日本の値は割り算で再現できる——入院外の診療実日数1,553,086,171を年度平均の医療保険加入者数125,640,056で割ると12.36になる。単位は回ではなく日で、同じ医療機関で同一日に三科かかっても1日。分母は人口ではなく被保険者で、生活保護の医療扶助は分子分母とも除外されている。OECDは遠隔診療の包含を「定義からの逸脱」と記録し、単位がdays、分母がsubscribersであることを別途注記している。12.4は実在する数字だが、過剰受診を直接測った数字ではない。052026-08-21測る道具の点検名前が無いものは、どう数えられているのか指標監査の優先順位表で二位だった標榜科を点検した。医療法施行令第三条の二を全文検索すると、総合診療も家庭医療も老年科も一度も現れない。組み合わせ方式の四区分は部位・年齢性別・処置・疾患で、「総合」はそのどれでもないため、この生成規則からは名称を作れない。だが国は受け皿を用意していた——医師届出票の「42 全科」である。資格欄で総合診療専門医を選んだ1,046人がそこに何と書いたかを集計すると、内科612人に対し全科は29人だった。名前が無いのではない。専門医資格・院内部門・広告可能な診療科名・主たる診療科統計で、その名前の扱いが一致していない。062026-08-22測る道具の点検総合診療医は、世界でどう数えられているのか前回、日本の法令に総合診療科という診療科名が無いことを見た。ではOECDには何を報告しているのか。答えは「報告していない」だった。定義文書の日本欄は「Data not available… In Japan, physicians are not separated into GPs and specialists」の二文で終わり、実際に報告されているのは小児科・産婦人科・精神科の三つだけである。2015年以降このデータフローに提出のあった54の国・地域のうち、Generalist medical practitioners が全期間空欄なのは日本だけだった。ただし他国の欄も「正しい人数」ではない。英国のGP数には四つの公式値があるが、違いは精度ではなく母集団である——登録資格・免許・実働・雇用。日本に欠けているのは名簿ではなく、対応表である。072026-08-22測る道具の点検専門科の境界は、何が引いたのか内科や外科は一見どこの国でも同じものを指すように見えるのに、総合診療だけが定まらない。なぜか。「道具が科を作った」という仮説を立て、文献で検証した。結果はそのままの形では成り立たなかった。医学史は1940年代以降この説を退けており、年表も逆を向いている——1839年のパリの専門誌には検眼鏡の12年前に「目の病気」が載っている。1862年の書評子は喉頭鏡について「専門科にする話ではない」と書いた。ただし「道具は科を作らなかった」も言いすぎで、道具はしばしば境界の軸や正当化として働いていた。分類が対象を作り、技術が実践可能性と正当化を与え、職業集団が管轄を要求し、制度が境界を固定する。082026-08-22測る道具の点検その点数は、誰が付けているのか重症度・医療・看護必要度、リハビリテーション実績指数、在宅復帰率。三つとも入院料を左右する指標で、三つとも病院が自分で測る。ただし三つは問題の種類が違う——評価者間の一致、除外の裁量、アウトカムの操作的定義。必要度Ⅰは機械判定の必要度Ⅱより一貫して高いが、どの要因が差を生んだかは分離されていない。支払いに使われるこれらの指標は、支払いを受ける施設が生成した記録に依存している。一方、実際の採点を外部評価と突き合わせる制度的な仕組みは確認できず、現行票の再現性に関する公開データも検索範囲では見つからなかった。092026-08-25測る道具の点検認知症の重さは、何で決まっているのか認定調査員テキストを全文検索すると、長谷川式もMMSEもMoCAも0回だった。日本の要介護認定は認知機能検査だけで決まる制度ではなく、多数の生活機能項目を用いている。一方、一部の診療・介護報酬では、1993年に介護必要度の簡便な分類として作られた「認知症高齢者の日常生活自立度」ランクが、直接の給付ゲートとして使われる。判定基準を定めた通知は導出について「作成したので」としか書いていない。入手できた公開資料では、その用途における導出根拠と、実際の評価者・情報源・判定境界に即した再現性の検証を、十分に確認できなかった。102026-08-25測る道具の点検医療費の対GDP比は、何と何の比なのか「医療費の対GDP比」は一つの指標ではなく、異なる分子・期間・データ版を持つ比率の総称である。厚生労働白書は同じ年度に四つの値を載せている。2020年度、国民医療費は前年より減ったのに対GDP比は上がった——分母が縮んだからである。2011年の系列の段差は1.429ポイントで、うち約0.94ポイントは国際会議の採決で決まった長期介護の算入範囲による。読む際には、分子の範囲、年度か暦年か、取得・改定時点、そして分子と分母それぞれの変化を併記する必要がある。調べた範囲では、支出抑制の上限として運用されている対GDP比は見つからなかった。112026-08-25測る道具の点検その点検表は、何を見落としていたか十本かけて指標を点検してきた。最後にその点検表そのものを点検する。第一に、七つの型のうち六つには既存の枠組みに近接する概念があったが、一対一には対応しない——反応性と「介入で動くこと」は別だし、生態学的誤謬は単位が違うこと一般ではない。第二に、採点の仕方が壊れていた。閾値を持たない指標は型3に落ちようがないので、「七つ全部を通った」は適用外の型が多いほど達成しやすい。点検すべきは指標そのものではなく、指標×用途×対象集団の組み合わせだった。この列の成果は新しい測定理論ではなく、合格・不合格・適用外・情報不足を分離する実務的な点検手順にある。122026-08-27測る道具の点検その地区が消えたのは、医者が来たからか、人がいなくなったからか無医地区の数は昭和59年から一度も増えず、令和7年に初めて増えた。だが数の増減より、増減の理由のほうが重要だった。厚労省が令和元年度から公表している内訳表を開くと、無医地区と準無医地区を合わせて減った109地区のうち「医療機関ができた」は2地区、「人口が50人未満になった」は35地区、そして理由の書かれていない「その他」が36地区である。医療が届いたことと、住民が50人を割ったことが、同じ「地区数の減少」として集計されている。しかもこの内訳は合算でしか公表されておらず、無医地区単独の増減理由は、国が地区名つきで持っているのに公表されていない。4kmと50人という線の来歴は、国の研究班自身が「未見である」と書いている。132026-08-27測る道具の点検近さは、何から決められてきたのか前回、9か国18件の地理的アクセス閾値を辿って、患者のアウトカムから引かれたものが一つも無かったと書いた。だがそれは、アクセスの指標ばかりを選んで見たからかもしれない。そこで対照例を同じ熱心さで探した。一件あった——rt-PAの4.5時間は、2004年の統合解析が181〜270分の区間を示し、2008年のECASS IIIがその窓の中の治療効果を前向きに確認したうえで制度に入っている。ところが同じ「分」で書かれていても、door-to-needleの60分は1997年に「恣意的」と自認されて作られ、緊急帝王切開の30分は病院がそれを実行できるかを調べたデータから来ていた。そして分かれ目は、時間か距離かではなかった。韓国が病院までの移動時間をアウトカムから推定すると、病態ごとに31分から80分まで分かれる。制度化には、連続的な知見を有限個の規則へ圧縮する必要がある。その段階で入ってくるものを、12か国35件で辿った。142026-08-29測る道具の点検「できている」とは、誰が言ったのか地域包括ケアシステムは2025年を目途に構築するとされてきた。その2025年を過ぎた2026年6月、参議院で「どの程度整備されたのか」と正面から問われた老健局長の答弁で示された唯一の量的根拠は、地域包括支援センターの箇所数だった。第10期基本指針では、地域包括ケアに関する当該一文から「二千二十五年(令和七年)を見据え、」だけが削られている。評価そのものは大量に行われている。だが、それを「構築できたのか」という一つの問いに集約する全国共通の判定基準は、確認できなかった。1,741の市町村は毎年800点満点で採点されており、その800点のうち420点、52.5%は「全保険者の上位何割か」という順位で決まる。連携は測られているが、満足・患者の経験・QOL・継続性は評価指標42頁に一度も現れない。152026-08-31測る道具の点検その推計は、いつの受療率でできているのか2027年度以降の医学部定員が議論されている。その需給面の基礎資料として今も参照されているのは、2020年8月公表の医師需給推計である。三つのケースの骨格を分けているのは医師が週に何時間働くべきかという問いで、需要側の入口は地域医療構想の必要病床数(パターンC)。同じ必要病床数が医師需給推計と看護職員需給推計の双方へ渡っている。2025年10月、厚生労働省は現状投影と実績を並べた図を出した——2025年の推計121.6に対し、実績系列の最新点である2024年は95.7。二本の系列は反対を向いている。外れたことより、外れたかどうかを誰が調べるのかが問題である。162026-08-31測る道具の点検確実に行けるという事実2006年、在宅療養支援診療所が作られた。中医協で「本当に実効が上がるのか」と問われた厚生労働省は、従来の24時間行ける体制とは違う、今度は実際に行くことを前提としている、確実に行けるという事実を担保としたい、と答えた。国はその担保の仕方を後から見つけている——2012年の機能強化型には常勤医師3名以上と、緊急往診・在宅看取りの件数要件がある。だがそれが置かれたのは届出の29%で、残る71%を占める従来型には医師数の下限も件数の下限も無い。そして2026年6月1日、その71%からも毎年集めていた年1回の在宅看取り数の報告が、業務の簡素化を図る観点から削除された。もっとも件数は活動量であって、要請に何割応じられたかではない。履行を測る仕組みは、どちらの層にも置かれていない。172026-09-02測る道具の点検五十九年かけて、条文になった一語この列は十二本にわたって「測られていない」を書いてきた。反例を一つ見つけた。医療法第15条の2である。検体検査には精度の確保が法律上の義務として書かれている。だが条文を読むと、義務になったのは責任者・標準作業書・作業日誌・台帳という手続の層で、外部精度管理調査の受検は努力義務だった。施行通知は理由まで書いている——「地域医療への影響等を勘案し、まずは努力義務としたところである」。そこに至るまでの経路を辿ると、五つの層が順に現れる。法令化後、その手続遵守は立入検査で追跡され、適合率は91.5%から96.0%で推移している。だが実際の測定誤差が法改正前後でどう変わったかを追う全国的な系列は、今回確認できた公開資料には無かった。